One and Only 5.0

2008/11/21

長編

屋上で朝食を

キリスト圏で言う安息の曜日に安息する余り、朝からばっちり遅刻した。そんな朝こそ開き直りが肝心だというのは家の持論であり(もちろん仮病を使って誤魔化しておく、というアフターケアまで含む)、そうやって育てられた私も「やってしまったものは仕方ない」と思う性質を遺憾なく承継しているわけで、一時間目は屋上にでも行って静かに読書でも居ておこうと、まずはコンビニに寄って朝食を買って学校へ向かった。

良く眠ったみたいで足取りも軽く階段を昇っていく、が私の体力は人並み以下と言う事もあり、歩調を揃えて階段を上がるのは2階までが関の山で、3階、4階へ行くにつれてどんどん歩みが遅くなり、屋上に来る頃にはコンビニで買ったペットボトルを飲み干す勢いで流し込んだ。屋上は風通りも良くて見晴らしも良く絶好のポイントで、私は空を眺めながらぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。

壁際にもたれて座ってぼんやりしていると見たことの無い男子生徒がのそっと屋上へやって来た。背の高い男子生徒は不躾な視線で一瞥してくる。失礼な男だと私も負けずにギロリとにらみ返すと、多少面食らった表情を手向けてくる。負けじと私は男子生徒をじっと睨んでいると、急にそっぽを向いて「俺は寝る、邪魔すんな」とだけ言って私と反対方向を向いて横になるのだ。よくもこんな硬質なものの上で横になって眠れるものだと少しだけ感心してしまった。邪魔する気もない私はそのまま太陽と風を浴びながらコンビニで調達した朝食を広げ読みかけの小説を開いて本の世界に旅立った。

暫く時間が経過して、集中力が途切れた私は日光が注ぐ空をぼんやりと眺めると、屋上の出入り口の上にある給水タンクへの階段が目に付いた。はしご状の階段をのぼり、タンクのあるところに付くとさらに見晴らしが良いポジションがあった。吹き抜ける風と構内から空に一番近い場所。この場所だったら屋上に来た人からも邪魔されず、また邪魔されることなく過ごせると瞬時に判断した私はその場に足を伸ばした。横になっても十分な広さもあるこの場所で、私は本を読み耽って時間をやり過ごそうとページを捲って本の世界へ再度落ちていった。

「おい」
気が付けば眠っていたらしく、耳元で呼びかけられる声に気がついて私は目を覚ました。
さっきの男子生徒が私に声をかけてくる。身構えたまま私は給水タンクの上から「なあに?」と睨み付けると、向こうがふう、と溜め息を吐いて「大丈夫だ。降りて来い」と言ったのだった。

まさかいくら運動音痴だからと言って、私が降りられてないとか思ってんじゃないでしょうね…!

私は相変わらず警戒して身構えていると彼は給水タンクのはしご階段から降りて私を見上げながら「チッチッチッチ」と指を揺らし始めたのだった。
「ちょ…ちょっと! 私の事をネコか犬扱いしてない!」
叫ぶと、彼は「チッ」と舌打ちして立ち上がってこちらをじっと見てきた。
「…降りて来い」
次はアリババの「Open Sesame!(ひらけゴマ!)」みたいな事を言ってきた。
「ちょ…バカにしないで!」
一言付さないと気がすまなくなって私がはしご階段から降りると途中で手を伸ばされて引き摺られるように立たされた。射るような視線を不躾に寄越して睨んでくるから私は思わず目を背けてしまい、よこからじっと睨みつける。
「名前」
突然に上から降ってきた言葉に顔をしかめたのは私の方だ。

「あのねえ、他人に名前を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀だって習わなかった?」
見上げて睨みつけるのは結構首にくる。正直椅子があればそこに昇って上から言いたい言葉でもある事を指差して言うと「指を差すな」と腕を掴まれた。これじゃあ礼儀云々言える義理はないか、と指差しした事実だけ私は謝った。すると、意外にも「流川楓」と返答がやって来たのだった。
「…あ、ああ、ルカワ親衛隊の対象のヒトね」
納得した私が指摘すれば「あのウルセーのはカンケーねー」と憮然としながら反論してきた。それでも相変わらず腕を放してくれる様子はないらしく後ずさる私にそのまま彼が接近してくる。
「…名前」
よ」
いい加減腕を放して、痛いから、と言えば「悪ィ」と返事をされ、すんなりと解放してくれた。

そろそろ授業も終わる頃だと時計を見れば丁度チャイムが鳴り響いた。カバンもそのあたりに置きっぱなしにしたまま給水タンクのところへ上っていたらしくもともとあった場所から回収すると千客万来、屋上に桜木軍団がやってきたのだった。
「あれ、さん。欠席と思ったらサボリ?」
水戸くんが私を見つけて質問するので「とんでもない、重役出勤よ」と言うとまたお腹を抱えて笑っていた。心底おかしそうに笑うものだからお約束のセリフであからさまに笑うのはどうかと思うわよ、と指摘しておくのはやめておいた。
2時間目からは授業に参加したかった私は、カバンを手に取り「もう1時間目終了なら私は教室に行くわ」と手を振ると「もう3時間目になるぞ」と桜木軍団から声がかかる。驚いた私は慌てながら手を振ると、皆が手を振って見送ってくれる。その中には流川くんまでもが含まれていて、無表情ながらにこちらに向かって手を振っていた。