剛田主義者
私の住むマンションから徒歩で15分の所に健司くんの家がある。藤真家と父親は仲が良いために、私が一人暮らしをする事もすべて話が行っているらしく「折角だからウチで昼飯でもどうか?ってお袋からの伝言」と健司くんから自宅に電話があった。
父親の知人にお世話になるのもなんだか申し訳もなく、断ろうとした瞬間「当然来るよな」と剛田主義全開な二の句が来て私が絶句している間に電話が一方的に切られたのが事の発端である。
「おお、
か。良く来たな」
生意気な口を利く藤真健司が玄関先でドリブルの練習をしながら私に開口一番、挨拶もなしにそういうものだから私も頭に血が上って「よお、なんて白々しい事がよくも言えたものね」と冷ややかな視線を送った。
ことの始まりは目の前のこの男の電話に始まるというのに、飄々としたその態度に不快感を隠す事無く私は睨みつけてもどこ吹く風といったように知らぬ顔をしてバスケットボールを持ったままこちらを不躾な視線でじっと凝視して「カルシウム不足か?」なんて白々しい質問を投げかけてきた。
「原因分かって焚きつけてるのかしらね?」
鼻を鳴らして指摘すればにんまりと笑う健司くんの顔が私の顔を覗きこんでいた。ビー玉みたいな目がキラキラとしていた。
「黙ってれば綺麗な顔してるからその最悪な性格は隠せるわね」
不遜な笑顔、というものを作りながらせせら笑ってやれば「性格の事は
にだけは言われたくねえな」とすぐに返って来たので私はむっとした表情をしたまま睨みつければ、それを見て健司くんが「変な顔」と私を指差してケラケラ笑う。
不機嫌そうに顔をしかめる私を見て機嫌を損ねるわけでもない健司くんは、バスケットボールを片手に持って玄関のドアを開けて「
が来た」と家の中で響くような大声を上げてから、私に入るように促した。私は黙って玄関にすわり靴を脱ぐ。
「それなんだ?」
私が手に持っていたお土産を引っ手繰って中を確認するようにゴソゴソと袋から出してパッケージを確認する。箱を見て「ケーキか?」と呟いていたので、「エクレア」と中に入っているものについて言っておいた。
「いらっしゃい」
藤真のおばさんが玄関まで迎えにやってきたので「お邪魔します」と私は靴を脱いでお邪魔する。横から健司くんが「これ
から。中はエクレアだから冷蔵庫な」とおばさんに渡してそのまま私の手を引っ張ってリビングに向かって歩いていく。おばさんが「ゆっくりしていってね」と笑うとすぐに台所に戻っていった。
「トランプでいいか?」
リビングに通された私はソファに座らされ健司くんはマイペースにカードを切り始めた。
カードを配りながら健司くんは「9月から学校どうするんだ?」と尋ねてきた。
「学校の編入先は県立湘北に決まってるわ」
トランプのカードを配りながら私が言えば健司くんが私の肩をガタガタ揺すってきた。
「どうして翔陽の編入試験受けなかったんだよ」
そう言われても私学は最初から選択肢が存在しなかったので私は返答に困った。
「どうしようもないおバカさんなのね。私立の編入試験って小難しく作られてるのは知らないの?」
と前置きした上で一通りの説明をする。私の頭では、学力のある私立への編入試験に合格する事はできないと分かっているし、恥かしい事だとも思ってもないのでするりと軽い嫌味を含ませて笑うと健司くんは不機嫌そうに何か呟いていた。
「なあに?」と怪訝な表情を隠す事なく見せる私に「なんでもねえ」と健司くんが返事をする。私もそれ以上詮索する気もなく「あらそう」とにべも無い返事をして手札を整理したのだった。
「それに私立の編入を考えたとしたら恐らく海南大付属だったと思うし、ここからはちょっと遠いから選択肢にあったとしても消去法で消されてるでしょうね」
中学の途中までは海南大付属中学校に通っていた身である私の言葉に、納得したのか健司くんは「…そうだろうな」とぽつりと呟いたのだった。