One and Only 1.5

2008/10/18

長編

藤真家夏休み前半戦、一部抜粋

部活から戻ってくれば玄関で母親と鉢合わせした。着飾った母親に俺は「どこに?」と尋ねたら「羽田」と返事があった。空港か、と質問すると「知り合いが帰国するから迎えに行って来るわね」と嬉しそうに話していた。
空港までわざわざ迎えに行き、なおかつ空港に馴染みがある母親の知り合いだと言われて俺はすぐに確信した。
「もしかしてのおじさん?」
俺が尋ねると母親は「正解」と簡単に答えを言った。

のおじさんは言うその人は母親の昔からの顔なじみであり、俺も何度か会った事のある人たちだった。ものすごく格好よくて頭もよくて、バスケも上手いおじさんで、小さな頃からそのおじさんが大好きだった。
のおじさんなら俺も迎えに行く」
すぐ着替えるから待ってて、と慌てて自室に駆け込んで着替えを済ませる。
シャワーを浴びたかったが浴びている間に母親はさっさと空港へ行ってしまうだろうから、カバンに入れている制汗スプレーを軽く自分に向けて振って階段を駆け下りる。
母親と出かけるのはちょっと気に食わないが、そんな事も言ってられないので、そのまま慌てて玄関で靴を履いて出るとタクシーが待っていたので飛び乗り母親を急かした。

到着ロビーで待っていると母親が目ざとくのおじさんを見つけて手を振っていた。
「ほら、健司も挨拶しなさい」
「あ、お久しぶりです」
のおじさんは相変わらず若々しくて柔らかい雰囲気を持った洒落者(jack-a-dandy)で爽やかな笑顔を浮かべながら俺に握手を求めてきた。俺がその手を取って握手をすると、
「健司くん大きくなったねえ。かっこよくなっておじさんビックリだよ」
と、のおじさんはお世辞じみた美辞麗句も平気で言うあまり、俺は気恥ずかしくなり「どうも」とだけ返事をして目を反らせた。

目を反らせた先には、のおじさんの子供の が少しだけ眠たそうな目をして大きな欠伸をしながらじっとこちらを見ていた。
透き通るような大きな黒目は相変わらずだった。2年前に見たときよりも身長も高くなって髪も伸びて黒光りしていた。
「こんにちは」
一歩前に出てきて俺を見据えて表情を変えることなく挨拶をする は大人びた印象を強く与えていた。じっと俺を見上げて目を合わせる に俺が挨拶をするのが遅れ、母親がそんな俺を窘めるように背中をバシっと叩いた。

俺は促されるように「久しぶりだな」と に挨拶をすると黙って一度だけ頷いてふいとそっぽを向き少し離れたロビーにある椅子に座って本を読み始めた。
「あーらら、嫌われちゃったわねえ。昔から事あるごとにちょっかいかけてたから嫌われてるんじゃない?」
母親がケラケラ笑って俺をからかえば、のおじさんは困ったように笑って「なにぶんマイペースな子でごめんね」と苦笑いを浮かべしきりに謝っていた。俺も笑顔で「いや、気にしてませんよ」と言えば「しっかりとしているねえ」と感心したように彼が呟いた。 母親とのおじさんが立ち話を始めたので、俺は を追いかけるように隣の椅子に座って本を覗き込む。日本語で書かれた文章を隣から少しだけ目を通す。

「その本は面白いか?」
俺の言葉に が驚いたようにこちらを振り向いたので間髪入れずに「おかえり」と言えば は少しだけ笑っていた。それでもそれを隠すように「ただいま」と本を読みながらも小さな声で呟いたのだった。
そんな の頭を俺はくしゃくしゃに撫でてもう一度「おかえり」と言った。それは心の奥底から自然と出てきたもので もまたもう一度「ただいま」と、次は本を閉じて返事をしてきたのだった。
「健司ー。 ちゃーん。お茶飲みに行こうかー?」
母親が呼びかける声に俺は「今行くー」と応えて に目配せをすれば、黙って一度だけ頷いて俺は目を細め、彼女がさっきまで運んでいたスーツケースを引っ張った。