沖田総悟

2009/02/07

短編

悪魔使いの命運(1/2)

真選組の悪評のおよそ四分の三を担う沖田総悟と隊員の中でもガチガチの常識の塊であるが好い仲である。
性別も違えば生まれも育ちも考えも、仕事に至っては文に秀でるか武に秀でるかにおいても違う。言えば何もかもが全く違うのに異様にウマがあう。
隊の中で不思議に数えられる話題のひとつである。

もしがこの中で恋仲に落ちるとするのであれば、大概は副長である土方であろう、と予測されていたのだが、結果は全く違っている。だからこそ奇奇怪怪にひっそりと語られる。

―― 曰く、一番隊隊長が数少ない女性文官の弱みを握っている。と。
―― 曰く、一番隊隊長が数少ない女性文官を力でねじ伏せたのだ。と。
―― 曰く、一番隊隊長が数少ない女性文官を誑かしたのだ。と。

実際はどれも違っているからこそ、直属の部下であるを見て土方が「どこでどう間違えてお前らはそうなるんだ」と呆れ果てた表情で大きく溜息をついたのだ。
書類、とりわけ昨日一日の仕事ひとつだけで束になって出来た始末書を一手に手際よく捌いていた手を止めてが「私とどなたか、何か間違えましたか?」と土方を見上げて質問をした。

「総悟とだ。特にお前の方だな。よくもまあ…なんだ…総悟と付き合えるな」

その言葉には侮蔑も軽蔑もなく、純粋に「凄いな」と言うものが含まれていて、上官の言葉に思わずはぷっと吹き出して小さく笑った。
ついさっきまでの集中力を失ったのかは背伸びをしてお茶を入れるためにポットの湯量を確認してから手際よく急須に茶の葉を入れながら、

「副長は沖田隊長が苦手なんですか? 局長も副長も隊長も長年のお付き合いがあるんでしょう?」

丁寧な言葉でありながらもハッキリとした口調で質問するの言葉に土方は「まァな」と苦い表情を浮かべてお茶を濁した。
簡潔な返事を戻されたはそれ以上尋ねる理由も見当たらない、と苦笑いを浮かべながらそれ以上の追求をせずに上官である土方に静かにお茶を出すと、彼は何も言わずに湯のみを取って喉を潤すために茶を静かに口に含んだ。

沖田総悟はサディズムな性格を持ち合わせているが、と言う人物は決してマゾヒズムではない。
割り切り型な性格ゆえに精神的にややサディズムだと言われる傾向にはあるが、被虐趣味もなければ、自己犠牲の精神も仕事以外では持ち合わない、至ってノーマルな性格である。

どんな女もマゾヒストにすると言われて本人もそれを持論とし実践し、それなりの結果を持っては居るがを見る限り効果はいまひとつ薄そうに見受けられる。
だからこそ土方はこの二人がそういう関係にあると言うのにいまひとつ理解に苦しむらしく、静かにお茶を飲みながら縁側の景色をのんびり眺めるを見て、世の中がわからねえと言わんばかりに

「しかし、まさか総悟との組み合わせとはな」

と呟いた。
その言葉にが景色から部屋の内側に顔だけを向けて土方に振り向くようにして目を合わせてゆっくり口を開いた。

「私は至ってノーマルです!」

は、『沖田総悟とは同属故に付き合いきれるのだ』と土方が解釈していると思ったらしく、厳しい口調で言い返した。

自分の考えに真っ直ぐな部下の姿勢に苦笑いを禁じえない土方は出されたお茶を飲み干して湯のみを机に置いて、
「俺の考えが分かるってお前は悪魔か何かか?」
と冗談めかしてに尋ると「それは余りにも失礼というものですわ」と間髪入れない切り返しが小気味よくやって来た。

「沖田隊長は悪魔だと常日頃仰ってるのを鑑みれば、私はどちらかと言えば“悪魔崇拝者サタニスト ”なんじゃないでしょうかね?」
イタズラを思いついた子供のように笑いながら、とんでもない事を口にする部下の言葉に土方が「やっぱアイツは悪魔だよな」と同意を求めるように尋ねれば、「そういう解釈もあるかも知れませんわね」と涼しげな表情で笑いながらが返答したのだった。

「…お前が悪魔崇拝者サタニスト だから総悟と付き合えるって事か」
土方の断定を促すような質問には湯呑みを両手で持ちながらんー、と小首を傾げて考え始めた。上官である土方は日頃よりを一人前の文官として扱っている。
事務処理能力と任務遂行能力の高さに、毅然とした態度に、はっきりとした意思示し方。徹底した合理主義な考え方。何よりしっかり躾として叩き込まれていたのであろう言葉遣いから彼女は実際の年齢よりも大人びた印象としてこの上官の目には映っていた。

いつもの彼女とは違う、実年齢より幼げな表情を見せるそのの仕草はまるで小動物のようだな、と土方は密かに思った。だからこそ、あの沖田総悟とこのと言う組み合わせに違和感を感じた土方は心の奥底で溜息をふう、と吐いたのだった。

土方がそんな事をぼんやりと考えている間も、もまた先ほどの上官の言葉について真剣に考えていたらしく、険しい表情で土方の方をじっと見据えて口を開いた。
「……崇拝と恋愛はイコールで結び付くというのは、決してゼロだと言い切れる自信もありませんが、あまりにも飛躍した理論だと思います」
結構真剣に考えあぐねいたらしいの返答があまりにも見当違いだったため笑いながら「まじめに考えることでもないだろう」と土方が頭をぽんと叩いた。
「…そうかも知れませんね」
思考の中断をするように命じられたは笑いながら、苦笑いを浮かべる土方のするがままにされて、湯呑みのお茶を飲み干した。

「そろそろ仕事に戻りませんと…」と湯呑みを持って縁側から立ち上がろうとした瞬間には後ろから手を曳かれて数歩後ろによろめいた。それを抱きかかえるように支えた姿に土方は『悪魔が来た』と溜息を吐いた。暫くは仕事には戻れないだろう、と頭を抱えた。