藤真健司

2009/03/14

短編

理性主義の崩壊

「なあ、ー。お前って変なやつだよな」
席替えで後ろになった藤真くんがシャーペンで私の背中を突きながら失礼な事を言う。
その時に後ろを向く用が無かった私は何も言わずに授業を受けた。
休み時間になってから、後ろを向いて「変なヤツという定義はどこから来るの?」と尋ねれば、彼はぽかんとしてこちらをじっと見ていたので、「変なヤツという定義は何?」と再び尋ねれば、藤真くんは黙り込んでふいとそっぽを向いた。
答えたくなければそれでもいいや、と私もそれ以上尋ねる事をすっぱりやめて次の授業の用意を始めた。

次の授業中、後ろからトントンと背中を突かれたがやはり後ろを振り向く用も無く、何も言わずに授業を受けた。
突然ガタンと椅子を引く音が聞こえてきて横に黒い影が通り過ぎる。
それは、後ろの席の藤真くんでぽい、とルーズリーフを折り曲げたものを机の上に無造作に投げ置かれた。

「藤真、何やってんだ」と先生が席を立った藤真くんに笑いながら尋ねる。
「消しゴムを落としただけです。すみませんー」と笑って藤真くんが答えれば、何事も無かったように授業がまた始まる。
置かれたルーズリーフを開けば予想通りの手紙であった。

『もしかして変なヤツって言った事怒ってる?』

ルーズリーフにはそれだけが書かれていた。特に怒っているわけでもないのではあるが人から見ればたまに私が怒っているように見えるらしい。
私の性格については、昔から竹を割ったような性格と比喩されていた。恐らくは良い意味で言われているのではないとは薄々気づいていた。
取り付く島も無い、を出来るだけオブラートで包むと竹を割ったような、という事になるのだろう。

その『竹を割ったような』性格はやがて数学的な平板を帯び、やがて病的と思われる程に徹底した合理主義、そしてやがて理性主義へと変貌を遂げた。
感情が切り離されたような人格を形成し、その結果、あまり他人とも上手く打ち解ける事もなかった。こんな自分が年々嫌になるけど今更性格の改善なんて出来るわけもなく、考え出したら止まらないスパイラルに誰にも気づかれないように溜息をつきながら、

『別に怒ってない』

その一文だけを下に書いて、ルーズリーフを後ろの席にコトンと置いた。自分で言うのもどうかと思うが、ものすごく私らしくない行動をしてしまったと後悔の念が押し寄せた。
いつもの私ならきっと黙殺で終わっていた筈なのに、後ろからやって来た手紙がまるで懺悔をしているような感じ思え、さすがの私も良心の呵責に苛まされたからだ。

暫くすると後ろの席からまたルーズリーフがやってくる。
背中をとんとんを何度か突かれて私はそれを先生の死角から受け取った。

『良かったー。ところでってさ、結構人のこと気にするタイプだろ? もしかしてツンデレってヤツ?』

「そんなわけないでしょう!」
思わず後ろを振り向いて言い返すとクラス中の視線が集まってきた。
元凶は机に伏して「ー、授業中ー」と笑い出すと、クラスが笑いの渦に包まれ先生が「どうした綾部。お前授業中だって分かってるか」と言われ、私は慌てて教科書で顔を隠しながら「スミマセン…」と小さな声で謝ると何事も無かったかのように授業が再開された。

『ツンデレって言葉は知ってたか。やっぱ綾部って面白ッ!』

悪びれも無く次のルーズリーフが後ろから運ばれてくる。開いて確認するや否や次々新しいルーズリーフが席に投げ込まれ私の肩が静かに震えだした。
私はそのルーズリーフの残りのスペースに細かくぎっしりした字でありったけの罵倒を書き始めた。

それは私の理性主義が音を立てて崩されて行く瞬間でもあった。