断り口上
「好きです。ずっとあなただけを見てました。付き合ってください」
「私はあなたの事なんて知らないわ。それに好きな人が居るからあなたに応えられないわ」
毅然とした態度で断る女生徒の姿を見て「うわあ…」と声を上げそうになったの言葉を仙道が後ろから手で塞いで止めた。
「結果的に覗き見になるんだから声は出しちゃダメ」
耳元で囁くと、ふさがれたままもごもごとは口を動かした。手に振動する動きから「ごめんなさい」と言っている事を察した仙道はその手をぱっと離しての横に並んで二人でその内容をじっと見ていた。
ここで立ち去ると結果的に音が鳴ってしまうので隠れるしかなく、黙ったまま気配を殺したまま二人並んで隠れたままでいた。やがて二人は校舎の中へ入って行き、それを確認したと仙道は『はぁー…』と大きな溜息を零したのだった。
「さんってさあ、デバガメが趣味?」
いたずらっ子のような笑顔で仙道がに尋ねる。「結果そうなっただけよ」とたまたまである事を伝えても仙道は「そういう事にしておいてあげるよ」と言ってカラカラと笑って、はムッとした表情で仙道を見た。
その姿を見て仙道は「ごめんごめん、冗談だよ」と言って相変わらずカラカラ笑っている。納得のいかないはこれ以上言っても無駄だろうな、と小さい溜息を零して黙りこんでしまった。
「仙道くんこそ、デバガメ?」
の質問に仙道は「俺はデバガメが趣味だからね」とにっこり笑って話を続けた。
「告白した方って確か男子バレーの3年生だったよね。結構人気者なんだよな」
仙道はニコニコしながら今のは誰だったのかをに説明する。はさっきのは誰だったのかなんて気にしていないのか「そうなんだ」と相槌を打ってさっきまで人が居た方向をじっと眺めていた。
「それなのに顔色ひとつ変えずにあっさり断るって、凄かったね」
仙道がにニコニコとして話しかける。は「そうね」と簡潔な返事をして次は空を眺めた。
「どうしたの、考え事でもしてるの?」
さっきから上の空なの顔を覗きこんで仙道が質問すると、は頭を振った。
「かっこよかったなあ、と思って」
その言葉に仙道が「え、さんってああいうのが好み?」と反応する。は自分の発言に主語がない事に気づいて思わず噴き出して「まさか。あの断り口上がかっこよかったのよ」と言うと仙道も「確かに」との感想に同調する。
「ああいうのは憧れだわ。告白されても顔色ひとつ変えずに『あなたの事なんて知らないわ』ってあっさり断れちゃうんだもんね」
うっとりとしたまま、相変わらず遠くを見つめているの頭をぽんぽんと仙道が叩いて現実に呼び戻す。それでもはまだぼんやりと瞳を揺らしながらうっとりとした表情をしていた。
「さんは告白された時はあんな断り文句を平然と言うの?」
突然の質問にはきょとんとした表情で仙道の顔をじっと見つめる。
「少なくとも告白される事自体が無いわね」
断言するに「断言するかなあ」とクククと笑う。「失礼ねえ」と頬を膨らませてが応酬するとすぐに仙道が「ごめんごめん」と折れる。
「私の事を好きになる物好きってそうそう居ないと思うわ」
困ったように笑うの顔を覗きこみながら真剣な表情で仙道が口を開いた。
「世界にはね。物好きも居るんだ。君が好きでたまらないって悪趣味なヤツだって一定数居る筈だから」
「仙道くんって、真剣な顔で失礼な事を言うのね」
が笑って立ち上がりながら「じゃあね」と言う前に腕を引かれてその場に留めさせられる事になったは溜息を零して仙道の方をじっと見ていた。仙道はそんなを確認してから、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべの目をじっと見つめて口を開いた。
「一定数のうちの一人は俺。ねえ、さん?」
掴んだ腕に力が入りはこわばった表情で仙道の顔をじっと見る以外の術がなかった。
「何…?」
怪訝と困惑、ふたつの感情が混じった微妙な表情では仙道の様子を窺った。
「好きです。ずっとさんだけを見てました。付き合ってください。って俺が言ったらさんはこっぴどく振っちゃう?」
さっきからひどく真摯な態度を見せる仙道の姿にふいとが視線をずらしてぽそりと独り言のように呟いた。
「ねえ、格好いい断り口上ってそうそうポンポンと出てくるものじゃないのね…」
誰にも聞こえないくらいの小さな独り言のようにが答えると仙道がにっこりと笑っての頭をくしゃくしゃと撫でて「行こっか」と手を引いて校舎に向かい、それに引かれるままも一緒に校舎に戻って行った。