ホールケーキ
部活終了後の土曜日の昼下がり、バイバイと気軽に帰るはずの私はそのまま流川に拉致よろしく自転車に乗せられて流川邸で下ろされた。リビングに通され、流川の両手に乗るくらいの小さいのか大きいのか判断しかねる箱を目の前にずいっと差し出される。
「いいから食え」
中はきっと食べ物なんだろうと流川の言葉で判断して、箱の開け口を探して封をとく。
中から出てきたのは小さなホールケーキ。シンプルな生クリームケーキにいちごが乗っている。
およそ直径15センチメートル。
「食え」
流川がホレホレ、とジェスチャーしているがそれすらも遠く見えてくる。
「イヤよ」
私は一言拒絶を漏らしてそれ以上はなにも言わなかった。
「何でだ」
「どうしてもよ」
まさかケーキが嫌いだとかいえる筈もなく、私から見れば拷問にも等しいケーキ責めに不快感をあらわにして黙り込んだ。
「黙って食え」
舌戦に痺れを切らしたのは流川のほうで、テーブルの上に用意してあったフォークでケーキを掬って私の口に無理にねじ込もうとする。私だって負けじと顔を思いっきり横に向けて口にしないように抵抗を試みる。策を練って口に放り込まれないようにしたところで純粋な力の差で負けて目の前にケーキが迫ってくる。バカ力がしっかり顎を固定して顎関節に這わせられた指が力をこめてくる。余りに痛くて口が開けばそのドサクサに放り込む魂胆だろう。最後の抵抗を試みようとした時、
「人が折角作ったんだから黙って食え」
という声が降って降りてきた。
これに驚いたのは私のほうだ。この無関心男が作ったとか言うのだから豆鉄砲を食らったような表情になってしまう。
「・・・作ったの?」
思わず呟いた言葉は流川にまでしっかり届いてたようで、大男がこくんと小さく頷いたように見えた。
「これは、アンタが作ったの?」
さっきの頷きを確認するように私はもう一度きちんと問いただしてみたところ、相変わらず大男はコクンと黙って頷いていた。どの道作ったのは他の誰かで流川は恐らくちょっと手伝いをした程度だろう。一体誰と誰の合作だろうか、そんな事を考えている間にも忌々しげなまでに生クリームべっとりのケーキが私の視界にちらちら入ってくる。
「流川はどの部分を作ったの?」
問い詰めるように私はさらに質問すると、さすがに流川もムッとしたようで「全部」とそっけなく返事を返してくる。これ以上徒に質問すれば彼の機嫌は下降線の一途をたどるだろう。からかうのはそれなりに楽しいけど、さすがに引き際だとこれ以上の質問はやめておいた。
「だったら少しくらいは食べてあげるわぁ」
たとえ嫌いなものであろうとも作る労力を少なくとも私に向けてくれた人へのせめてもの礼儀だと、流川からフォークを奪ってひと思いに口の中へケーキを捩じ込んだ。市販のものよりは甘さ控えめに作られているもののやっぱりケーキは、とりわけ生クリーム系のケーキは好きじゃないんだ、と再認識するには十分なシロモノだった。
「うまいか?」
流川がぶっきらぼうに質問してくるので、苦手だという事をどれだけ手厳しく表現してやろうかと考えながら噛み付くみたいに睨みつけたら、表情の奥に不安が漂っていた。追い討ちを掻けようとした私は挫かれてしまった。天狗の鼻をへし折るのは好きだけど、手負いに追い討ちをかける趣味はない。
「……甘さ控えめな点については悪くないわ。…スポンジに水分があるのも嫌いじゃないわ」
食べ物関係のレポーターって例え美味しくないものを出されたとしても、カメラの前では笑顔でおいしいと表現している。それに比べて私はどうだ。
大嫌いなケーキの中で限りある美点を羅列すると、「そうか」と言いながら流川がそっぽを向く。
「折角ほめてあげたんだからもう少し嬉しそうにしなさいよ」
「嬉しくてまともに顔が見られねえ」
間髪いれず帰ってきた言葉は意外なもので驚いた。無理に顔を覗きこんでやったら本当に顔を紅潮させていたからさらに驚いた。
「」
義務も果たした(ケーキも食べた)ことだし、さすがにもう家に帰ろうと立ち上がると流川が急に呼びかけて私の手を引っ張った。当然立ち上がろうとした所を引っ張られるとバランスを崩してしまうわけで、結果流川にまたがるように床に手をついてしまう。黒い眼球に私の顔が崩れて映っていた。
「あら、なあに?」
何気なく返事をした。
「それは誕生ケーキだから全部食え」
睨みつけるように流川がはっきりと意思表示をして、私にすべて平らげるよう要求をしてきた。誕生日側の方が何かしら要求するんじゃないの? と尋ねたところでこの男が聞く耳を持つとは思えなかった。
「…連帯責任って素敵な響きだと思わなぁい? 折角だから皆で私の誕生日を祝わせればいいんじゃないの」
ケーキも食べなくて済む。皆から祝ってもらえる。連帯責任おっ被せ一択しか持ち合わせない私は、思い立ったら「ちょっとお祝いさせる人探してくるわぁ」と立ち上がりながらケイタイに手を伸ばした。
「半分食ってやる。他は呼ぶな」
半分食べると宣言したからにはしっかり食べてもらおうじゃないの。
私はケーキを半分に割って大きい方を流川の方に向けておいた。
「あと、コーヒーか紅茶入れてくれないかしら。これだけケーキ食べるんだからハンパな量じゃ足りないわよ」
そう言って家人を台所へ追いやって私は考える。
さて、次はどんなほめ言葉を用意しようか、と。