花形透

2008/10/05

短編

善人

「丁度いいところに」
職員室の用事が終わった瞬間、次の授業の担当教諭に捕まり大量の荷物(多分教材だ…)を運ぶようにお願いされた。ついでだからいいか、と気軽に引き受けたのは良いが、軽いあまり大量に持ち運べばたちまち前が見えなくなって絶妙なバランスで前に進む。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
荷物運びをしている私に見かねたのか、後ろから「半分持つよ」と私の返事を無視して花形くんが半分以上の荷物を引き受けてくれた。すっきりとした視界に戻った私はお礼を言えば、手伝って当たり前という態度で淡々と花形くんが定型文を返してきた。

「軽いから運べるんだけど、嵩張るから視界が悪くってねえ」
結果的に半分以上引き受けた花形くんはと言えば嵩張る荷物に視界を遮られることも無く、バランス感覚も良くまっすぐ歩いている。背が高いってそんなにお徳なんだなあ、とぼんやり考えるとじっと見る私の視線に気がついたのか花形くんが首をかしげてこちらを見てくる。

なんとも穏やかで親切な塊な人なんだ、と感慨のあまり「花形くんは優しいねぇ。善人の塊のような人だなあ」と思わず独り言じみた事を呟いてしまう。
「そうでもないよ」
あっさりと否定するような言葉が返って来て「えええ、親切の塊で出来たような人じゃない」と反論すれば、「さんが思ってる程俺は親切な人でないよ」となんだか天邪鬼な子供みたいな返答を返してくるものだから思わず声を上げて笑ってしまった。

私がひとしきり笑うのを終わるまで花形くんは何も言わずに私と一緒に頼まれた荷物を黙って運んでいた。文句も言わずに頼まれてもない事なのに自分から手を差し伸べるなんて、本当に絵に描いたような親切な人じゃないと出来ない事なのに親切な人じゃないと言うなんて。

頭の中で考えてたらまたおかしくて声を押し殺して笑ってしまう。
さん」
花形くんが呼びかけて私ははっと顔をあげた。
手伝って貰ってる側の人間が笑うって考えれば失礼だよね、ごめんごめんと言おうとしても次の言葉に遮られた。

さんが俺のことを親切な人だと思うなら、それは多分さんだからだと思う」
「現在進行形で手伝って貰ってるしねえ、そりゃそうよねえ」
考えてみればそりゃそうだ。手伝って貰って親切じゃないって思うほど私だって悪魔な性格をしているワケじゃないしねえ、とカラカラと笑えば花形くんが「少なくとも俺は好きな子以外に親切にしているつもりはないよ」と笑いながら指摘する。

冗談とも本気とも取れない突然の告白だった。