glory
「晴子サン…」
花道の呟きに私はいつもように声を荒げる。
「アンタいっつも晴子サン晴子サンってうるさい。ハッキリ言って邪魔よ」
悔しくないと言えば嘘になる。だけど妬ましいと言えばそれも嘘で。花道の態度を前に私の態度はどこか頑なで、どこか突き放して、なのに雛が親鳥を求めるようにひたすら心を求めている。
「だってよー。も勉強ばっかでなくて少しは俺の話も聞いてくれよ。晴子サンは流川のヤツが…」
「しゃきっとしなさい! 桜木花道、アンタ男でしょう! て言うかさっさと部活行けば?」
ぴしゃりと言う私の言葉に花道が「うう」と呻きながら黙り込んだ。
部活に行く花道に「いってらっしゃい」と冷たく言い放つ私の手も冷たくて、そして震えていた。
「本当四六時中『バスケット』か『晴子サン』なんだもんなァ…」
聞いているこっちがもどかしくてイヤになっちゃうわ、と続けると洋平が私のカバンを持って教室から出て行こうと入り口で待っていた。
「あはは、仕方ないっちゃあ仕方ないかな」
洋平の言葉に私は「花道の気持ちは本物なんだろうね…」と本音をぽつり呟くと、心配そうな表情で私の顔を覗きこんでいた。
「?」
「前みたいに取り敢えず告白って、あんな考えじゃないんだよね」
「だとは思うぜ」
「そう。ならいいんだけど」
ふとした瞬間に全てを奪われたような気がしたのだ。手を伸ばしてもとっくに届かないところに花道は旅立っていった。私が培った絆は簡単に音を立てて崩れていくようで。
その崩れ去った瓦礫が片付けられる事もなく私はまだこんなにも花道の事を思っている。巣立つ子は、とてもたくましく見え、誇りに思い寂しく思う。親心というものはまだ知らないが、多分それに似ている。
「…そっか。は花道をバスケと晴子ちゃんに取られて拗ねてるのか」
「そういうワケじゃいけどさー、新しい世界が拓けるのは、花道にとっても私たちにとっても善い事だって分かってるのよ」
追い求めても、もう届かないところに行ったような錯覚。
「は寂しがりやだからな」
「むむ、なんだか物凄く引っかかる言い方よね」
曖昧な籠の中にまだ居るのは、桜木軍団の残りの連中と私だけ。
「お、。丁度いいとこに来たな」
「何?」
「ホレ。余り玉で貰ったチョコ。要るか?」
「あ、要る要る」
雄二がチョコで私の頭を小突いてくる。私は笑ってそれを受け取ってパッケージを破る。物欲しそうな顔をする望とそれを半分に分けてから口に放り込む。
まだ離れようとしない彼らを見て、私の空っぽの心は少しだけ満たされる。
取り残されたように群れる籠の中の鳥。きっと私が最後までこの籠に拘って、最後にはひとりぼっちになるんだろう。
「が言いたい事はなんとなく分かるよ」
洋平の言葉に私がぴくりと反応する。
「何かね、複雑なのよ。色々と。嬉しかったり寂しかったり、悔しかったり楽しかったり」
私の言葉に忠一郎が私の言わん事をすぐに察してくれて、
「まあ、これでが俺たちの最大の理解者だったわけだしな」
この言葉に少しだけ救われると同時に次の失望が来るのだ。
「んー、そうでありたかったけど、いつか皆私以外の『最大の理解者』が出てくるんだよ」
自分の言葉を心で噛みしめる。そうなれば、こうやってバカバカしい大騒ぎなんて出来なくなるのだ。そう考えると、私だけが無駄にあがいても仕方の無い事のように思えてきた。
「、まだ何か菓子でも欲しかったのか? ほら、お前がタバコに換えるからあのが泣いて…」
「泣くなって、おい、。大丈夫か?」
気づけば景色が滲んでいた。空の果てまでが水で溶いた絵の具のようにぐちゃぐちゃで色も薄れていく。
「ごめん。目にゴミ入ってる。痛い。痛すぎる。誰か目薬持ってない?」
私のごまかしにうわべだけでなのか本心からなのか騙されてくれて、もれる溜息の音が聞こえてきた。
人の成長がこんなに羨ましくて、妬ましくて、悲しくて、嬉しいだなんて。