ファーストキスは、あなたとじゃないと
「ねえ、キスしようか」
誰も居ない教室で日直の仕事をしている時にが花形にさらりと言った。
直球を投げてくるに狼狽したのは花形の方で、「あ、あの、さん…?」と少々声を上擦らせてどうやり過ごせばいいのか、と悩んでいた。
そんな花形の思いなんて知らない、といわんばかりの態度で「うん、決定」と一方的に納得し、は花形の胸倉を掴んで自分のほうへ引き寄せて、足りない分は背伸びして、唇に触れるだけのキスをした。
「ファーストキス、だね」
花形と至近距離で、はにっこりと笑いはっきりとした声でそう言うと、さっきまで胸倉を掴んでいた手を離して花形をぽんと突き放した。
「さんは、違うよね」
花形の言葉には、少しだけ考えてからふるふると首を振る。
「ううん。ファーストキスだよ」
はさも『当然じゃない』と満面の笑みを湛えて断言する。
それは嘘だと花形は苦い表情を浮かべた。
彼女は1年前まで美術部の上級生と付き合っていたのだから。美術室でキスしていたのを見たことがある。たまたま見てしまった光景に、気まずさを感じてそそくさと隠れるように立ち去った事は未だに強烈な記憶として残っていた。
「だって、花形くんとするファーストキスだもん。私ね、今の私が一番好きな人としかキスしたくないし、今の私が一番好きな人とのキスしか数えない主義なの。でないと、いつだって後悔したままの自分じゃない。そんなの嫌んなっちゃうんだもの」
屈託の無い笑顔で爽やかにとんでもない宣言をするに、流石に花形も苦笑いを浮かべる他なかった。
「あ、そうだ」
思い出したようにがぽんと手を叩いて花形の方を見た。
「何?」
さっきキスをしかけられた相手を直視するのが気恥ずかしいのか横目でを確認しながら花形が返事をする。
「ごちそうさま。それだけ」
爽やかに笑って「部活、頑張ってね」と手を振って早々に教室を去るの姿を見送りながら花形は感じた。
彼女の酷いまでの無邪気さに、心が確かに跳ねたのを。