藤真健司

2009/1/22

短編

おなかいっぱい

「ねえ、藤真?」
が珍しく名前を呼ぶ。そんなときは大概何かあるときである、といい加減彼も学習すればよいものなのに仕掛けられた罠にはまる。頭の良い彼の事である、そんな罠にかかるわけもないしかかる事もない。なのにどうだろうか、彼女が仕掛ける罠はどんな些細なものでもしっかりはまるのである。

振り向く藤真の頬にの指がにゅ、と押し込まれている。
「藤真ってさ、オベンキョできるクセに意外と単純バカよね、また引っかかっちゃって」
はその指を取っ払うつもりもないようで、藤真の頬にグリグリと指を押し付け、藤真は抵抗するように頬でその指を押し返そうと必死で首を横に向けている。

「そんな単純バカな事をする者が今まで居なかったからな。わざとかかってやっただけだよ、バーカ」
笑う彼女に呆れたような表情を作って言い返せば、またムキになって言い返す彼女。それを楽しそうに藤真は受け止める。

確信犯だ。誤用かどうかはさておき、間違いなく彼は分かっててやっているのだ。
花形は、その姿を認めて、呆れ果ててしまい何も言えなくて溜息を吐いた。

「歳を食ってから初恋を迎えるとなんというか、天下の藤真ですらもあんなバカになるのかと思っちゃうワケなんだよな」
と茶化すような事を小さく他の仲間内に漏らしたのは、同じバスケ部仲間の高野の弁。それに反応するように部員一同、黙って頷いたのだった。

「あのさ、あのイチャラヴっぷり見てたらおなか一杯になっちゃうわー」
色恋に一番目ざといであろう、バスケ部マネージャーがキャプテン兼監督とその同級生、二人の姿を見てげんなりとした表情で訴えれば、それにも慣れたものか他の部員からは「吐いちゃえばー?」と返事がブーメランのように戻ってくる。

そんな事もお構いなしに二人のどうでも良い言い合いは続いている。
まるで夫婦漫才のように。無自覚は嫌なものである、と周りに居る人間はそれぞれ大なり小なりの溜息をついてその様子を見ざるを得なかった。

「どうしてあれで付き合うって発想がどちらも思いつかないんでしょうかね?」
一年生部員ですらぽつりと呟く程に仲の良い二人の姿を認めて、同級生組は「はあ…」とまた溜息をついたのだった。