約束とひみつきち
「あ、、それはダメだって!」
「いいじゃん。潰れたら直せばいいだけじゃない」
空き地の端にダンボールを寄せ集めてふたりのアジトを作った。
出来上がったアジトは今から思うとものすごく大雑把で子供二人ですら入るのに窮屈なもので、その中で家から内緒で持って来たドーナツを食べながら二人で出来上がったアジトに満足したのだった。
「おおきくなったら、な」
「大人になったら、ね」
出来上がったばかりのダンボールのアジトの中で、リョータと私はドーナツ片手に指きりをした。
あの日に指きりをしたあの約束は、リョータが覚えていない方がいい。
新興住宅街に同じ時期に引越ししてきた私とリョータは、同じ年の子が他に居なかったせいか、物心がついた頃には既に一緒に居た。さらに年数が経過してふと気がつけば二人でワンセットのような扱いで小学校、中学校を過ごしていた。
長い間一緒に過ごしているが故に、リョータの事で分からない事は殆ど無い。リョータもまた私の事で分からない事なんて殆ど無いのではないだろうか、と思う。
これだけ居て楽しい相手で、これだけ長く続いているんだから、恐らく私はリョータのことが好きなんだろうと漠然とこれが初恋なのかなんて考えていた頃もあった。
この“恋心”らしきものに変化があったのが私だった。
物心ついたときから二人でずっと過ごして来たからなのか、お互いに隠し事が存在しなかった。私がリョータに持っていたのは恋心ではなく家族愛だった。それに気づいたのはクラスメイトから借りた一冊の雑誌からだった。
気づいた私はあの約束は守れそうにもない。その約束を守るのは自分もリョータも騙す事に他ならない不誠実な事なんじゃないだろうか、と漠然と罪悪感を感じてしまったのだ。
だから覚えててくれないほうが都合がいい、と手前勝手な事を願った。
しかし、何となくリョータはあの約束を覚えているんじゃないだろうか、と長年の付き合いからそう思っていた。
そして次にリョータの方に高校に入ってから変化がやってきた。
私と友達になった彩子がリョータに変化が現れたのだった。
「アヤちゃん可愛いよなあ、俺惚れちゃった」
リョータの部活量が多くなっても私たちは週に一度は必ず家に顔を会わせている。
多分本人は気づいていないだろうけど、長年の付き合いで直ぐに分かった。
あれは本気で好きになったなあ、と。
「頑張って。応援しているけど手は貸さないよ。あと運命の出会いとかそんな気持ち悪い事も言わないでね。リョータには似合わないセリフだから」
「鬼か悪魔のらしいお言葉だよなー」
リョータが笑って私に背もたれにしているクッションを投げてきた。
「
大明神のご宣託とでも言って頂戴よね」
私も負けずにそれを打ち返した。
今日は部活帰りのリョータと学校の帰りに買い物を頼まれた私がばったりと出会った。
既に出来上がった習慣で何も言わずともお互い一緒の帰路につく。
「あー。新しい家でも建つのかな?」
先に気づいたのは私のほうで、空き地を眺めながらぼんやりと呟いた。
昔にアジトを作っていた空き地はすぐに家が建って、私たちのアジトは跡形も無く消え去った。その家が空き家になって1年、その家は建て壊されて更地になっていた。
あの奥に汚い小さなアジトを作った。懐かしさに私は目を細めてその更地をぼんやりと眺めていた。
「あのさ、」
リョータが申し訳なさそうな表情で私の名を呼んだ。
「俺、アヤちゃんの事がやっぱり真剣に好きなんだわ」
何を今更な事をこいつはいってんだ、と私は顔を顰めてリョータの顔をまじまじと見つめると、リョータは交わった視線をずらすように私から目を背けた。
「十数年も三軒先のお隣さんやってンのよ。それ位とっくに知ってるよ」
私は笑って返事をする。彩子への気持ちはやっと嘘偽りない気持ちだと確認したのだろうか。なんというか気づいて良かったと私は胸を撫で下ろした。
「だからあの約束…」
バツが悪そうにリョータが切り出した。
リョータはこの空き地を見て、私と同じ様にあの時の約束の事を思い出しているのだ。
ここで忘れているふりをするのはとても不誠実な事だと思えてならなかった。
「あの約束、時効って事にしてくれない?」
「・・・?」
私の言葉にリョータが目を丸くした。
「リョータの事は誰よりも好きだけど、それって家族としての目なんだよね。リョータもでしょ?」
続ける私にリョータは落ち着いた声で「ああ」と一言だけ漏らした。私は笑って空き地の中へリョータの手を引っ張って入っていく。
「おい、!不法侵入!」
「何を今更言ってんのよ。昔なんて不法占拠してたじゃない」
口は昔から私の方が達者なのは変わらないみたいで、昔から変わらないやりとりだなあ、と私は含み笑いでリョータの方を向いた。
あの日、指きりして言った約束は風に流れて飛んでいったことにしよう。
“大きくなったらケッコンしよっか”
「思えば人生最大の決断を簡単に約束したものだよね。うん。子供の頃の私たちって結構バカだったよね」
「いや、の場合は今でもバカだろ。…でもよ、んちとはさ、やっぱ家族だと思う。だから約束したんだなあと今でも思ってる」
今この場所で、昔の約束を礎に新しい絆を私たちは確認しあった。
それは、恋人や結婚で結ばれる愛の絆よりも、兄弟のような家族愛で結ばれた確固たる絆。