赤木剛憲

2008/09/27

幼なじみに贈る5つのお題2より

あの頃とはちがう

「赤木さんとこの剛憲くん、明後日ね、インターハイ選抜の試合なんですって」
帰ってきた私にママが台所から話しかける。どうやら買い物帰りに赤木のおばさまに会ったみたいでその報告がてらに剛憲くんの話題が出てきた。
「そうみたいだね」
私は笑って返事をすると、「で、インターハイって何?」と尋ねられよく分からない私も「さあ、練習試合でない試合…かなあ?」と答えると「なあんだ、ちゃんも分からないのね」と言うので正直に首を縦に振っておいた。

「昔はよく試合を観戦に行ってたのに、ちゃんはいつからそんなに冷たい子になっちゃったの?」
苦笑いを浮かべながらママが出来立てのアップルパイを取り出したので、スペースを確保するためにテーブルの上のものをすっと片付ける。
「あのさママ。昔と今でも変わらない人間関係ってないと思うわ」
17年強生きてきた私の強弁にママはまた曖昧な笑みを湛えて「うん。そうね」と答えるので、私は話を続けた。
「だからさ、私が行っても迷惑かも知れないじゃない?」
流石は年の功なのか、私の言葉にも臆することなく笑顔を絶やす事無くママは「でもね、よくなる人間関係だってあるのよ」と言う。

幼なじみが観戦に行ったところで迷惑だろうし色々と面倒な事になるだろうから行かないでおこうと決めたのが、剛憲くんと観戦者の私が上級生にからかわれた中学校1年生の練習試合からだ。剛憲くんは困ったような表情を浮かべながらも私に対して何を言う事もなかった。
私の心は強化ガラスで出来ているし何より関係のない人たちだから無視しておけば良いのだが、剛憲くんは私と違って心は強化ガラスで出来ているわけでも無いし、私と違って相手は部活の先輩であり、にらまれないようにするには私が来ない方が彼のためでもある、と思ったのだ。
その頃から次第に男女は別の世界が出来上がるんだと言う事を知ってしまったんだ。

インターホンが鳴って私は台所から応対する。最近取り付けたモニターつきインターホンは便利なもので誰がやってきたのは即座に確認出来る。インターホンのカメラをギロリと凝視している剛憲くんがそこに立っていた。まともに姿を見るのは何年ぶりだろうか、と跳ねる心臓を誰にも気づかれないように平静を装って「です」と言えば「誰が来たか確認出来るんだろう?」と落ち着いた声の返事をされてしまった。

ああ、変声期も過ぎたんだ。

最後にウチのインターホンを鳴らしたのは小学校卒業時のホームパーティだったっけなあ。
そう思うとどれくらいの期間まともに顔を合わさなかったんだろう、と長い月日を感じ取ってしまう。晴子ちゃんとはたまにばったりと出会った時に話していたからあまり感じなかった月日も目の前の剛憲くんを見ればつい感じてしまって私は「すぐ伺います」と他人行儀な一言を告げて玄関のドアを開いた。

そこには見たこともない大男がひとり立っていた。「土産だ」と何やら小さな袋を見せたので私は門扉まで出向いてそれを受け取る。
を見るのは、久しぶりのような気がする」
剛憲くんが感慨深げに言うものだから私も「久しぶりだね」とやや他人行儀に言ってしまってこれではあまりに無礼だと後悔した。「俺はの話を晴子から聞いてるからな」と言って笑う。ははは、と明朗に笑うその姿は今でも変わることなく、それを見て初めて幼なじみの剛憲くんであると認識するのだ。

「珍しいね」
私がそう言うと「人を珍しいもののような事を言うな」と私に冗談を言いながら笑う姿を見て、次第に離れていった距離が嘘のように感じてしまう。
「そうだ、本題を忘れるところだった」
「教科書でも忘れたの?」
私が質問すると、いいやと軽く首を横に振って私の顔を覗きこむ。目の前に見せる顔をしているのは私の知っている剛憲くんではなく知らない男の人だった。

さん」
真剣な表情で剛憲くんが射抜くような視線を突き立てて私を凝視した直後、突然に他人行儀な呼びかけに思わず「ハイッ」と返事をしてしまった。その返事に気を止める事無く剛憲くんが話を続ける。
「インターハイ選抜、観戦に来てはくれないだろうか?」
真摯な態度に思わず「ハイ」とどもりながらも答えてしまえば、剛憲くんが破顔一笑する。今の笑顔は昔の頃によく見た笑顔を呼び起こす懐かしいもので、つい私も釣られるように笑ってしまった。

「でも、迷惑じゃないの?」
私はふと気になった事を口にすれば、剛憲くんは「俺はいつだって迷惑に思っては無かった。それにこそ迷惑じゃないのか?」とまじまじ尋ねてくる。私は思わず噴き出して大声で笑うと、剛憲くんは「そこは笑うところなのか!」と慌てながら言い返してきた。
ゴメンゴメンと手を合わせて私は数年ぶりに色んな話を剛憲くんにした。
あの頃離れていったものは、また近くなり直ぐに打ち解けていく。

いつの頃とも違う、あの頃とはちがった新たな関係が次第に出来上がるのを私は感じて、また剛憲くんへ笑いかけた。