桜木花道

2008/10/10

幼なじみに贈る5つのお題2より

照れる夕陽にならぶ影

人生二回目の恋は初めての辛酸である。
隣のクラスの男の子にこっぴどく振られてしまったのだから。
見事なまでの玉砕である。当たって砕けた。

別に困らせるつもりもなく、初恋は結局告げられなかった事を後悔したからこそ、自分の本心を偽らないようにするつもりで、告げた言葉に返って来たものは自分の性格の猛省を促すようなメッセージの束だった。

さんってなんか軽そうだし」

ある意味自分の存在価値を揺るがされるような衝撃の告白をこちらが受けたに等しく、今後の自分の性格をよくよく見つめなおさねばならないような回答の羅列でもあった。
それは見事な振られっぷりで「友達」でもなく「クラスメイト」でもなく、ある種「エネミー」な扱いを受けたのだからショックもかなり大きなもので、涙をこらえるためにも私はわざとらしい大きな溜息を吐いてしまった程だ。

きっかけは?と尋ねられればきちんと答えられるけども、どこが好きなの、と尋ねられたとしても今更「あなたのこの部分が好きです」という具体的なものはすでに形骸化してしまって、とにかくこの存在丸ごとが大好きでした、としか言うほかなかった。それを言えばきっと堰を切ったように感情が零れていくだろう、それは迷惑をかけることになるだろう、と
「足を止めちゃってごめんなさいね。聞いてくれただけでも満足してる。アリガト」
たったそれだけを紡ぐのが精一杯で誤魔化すように笑っていた。

こんな日は週末だしまっすぐ家に帰る気力もなく寄り道でもしようと駅前通りをぶらぶら散策する。商店街の外れに大型スーパーが出来てからすっかり活気のなくなった商店街もまだ店が少し残っていた。古い本屋さんもまだ健在で店頭に並んでいる雑誌をパラパラを捲くっていたら隣に大きな影が出来たので、ふっと視線をずらすとこちらをじっと見つめるように立っていた。

「おお、やっぱりだ」
私を見つけたと大声ではしゃいで手を叩く姿に溜息をついて見上げる。相変わらず大きな身長にふぬけた笑顔を浮かべる花道がそこに居た。
「あら、フラレ王桜木花道じゃない。数ヶ月ぶり。最近見かけなかったけど元気だった?」
その姿がとても懐かしくてつい私も減らず口を叩きながら挨拶すると「俺はもうバスケットマンだからな」と笑っていた。
「なあに? そのバスケットマンって? 何かのジョーク?」
鼻で笑って尋ねると感情を隠す事無く表現する桜木花道が怒りの形相で説明をしようとするから思わず笑ってそれを制す。「知ってるわよ。成長率筆頭頭なんですってね」と言えば怒りはどこやへら、だらしない笑顔を浮かべるので「初心者ですものねえ、成長率もさぞや良いでしょうねえ」と軽く落とすと見事に沈むので起伏を見て私はケラケラと笑った。

本屋の前で長話も何だからと、結局途中まで一緒に帰ることになって、ぶらぶらと散策しながら帰る私に何も文句を言う事無く花道が後ろを私のペースにあわせて歩いていた。
離れて歩いているのに影は同じ場所まで延びていて、漠然と「ああ、身長高いんだ」ということを改めて窺い知った。
「しかし相変わらずで何より」
花道の言葉に
「きっと相変わらずなのは花道だけよ」
と言うと、ひとりで「何かあったのか?」とオロオロし始めて私はケラケラ笑って「言葉遊びみたいなものよ」と言えば分かるように溜息を吐いて次は隣を歩き始めた。

自分の思ったままが感情として表現できる花道を私は何より尊敬していて、なにより羨ましくて何より好きだった。今でも好きだと言う事が隣にある姿を確認して、昔にあって次第に昇華させていった感情が確かにあったのだ、と改めて思い出せた。

いつも私に一定の指針を無意識に与え続けてくれていた存在だったからこそ尋ねられる、と私は表情に感情を隠したまま思い切って花道に尋ねた。
「ねえ、私の性格ってひん曲がってるかしら?」
「グニグニに」
即答してガハハハと笑う花道に「やっぱりね」と私は呟いた。
「性根は真っ直ぐできちんと考えてるヤツだから俺は少なくともお前とずっとダチをやってるつもりだからの性格については俺が保証してやる」
舞い上がったり激情に駆られたりする時は誰より周りが見えないくせに、誰よりも物事の本質を見抜く事ができるのはコイツだった。シンプルに人を信頼しようとする懐の深さは更に深くなっていた。

ああ、あの懐の深さを見ていつしか初恋になったんだっけ。それで結局告げられずに大きくなったのか、と瞠目した。
「今日、アンタに逢えてよかったと心の底から思った。今なら言えるから言うと、私の初恋でした」
花道は騒ぐかと思ったらそうでもなく「そうだったのか」と静かに呟きそれ以上は何も言わなかった。

嫌だな、三度目の恋は再びアンタが持っていくつもりなの?

逆光に照らされた花道があまりに眩しくて私は目を細めた。