木暮公延

2008/09/10

幼なじみに贈る5つのお題2より

知らない横顔

ご近所のお兄さんが前方10メートル付近を珍しい時間に歩いている。
お向かいのお隣さんの辻を曲がってすぐの面倒見の良いお兄さんは部活が無いのか、お昼の3時すぎという時間に公道を歩いていた。そう言えばこの前ケーキをもって来てくれた時に「もうすぐテストだからその前は部活が禁止になる」とか言っていたような気がした。じゃあ今がそのテスト前と言う事でいいのかなあとぼんやり考えながらじっくりと距離を詰めながら背後に近づいていく。
前方数メートルまで接近した私は背後から飛び掛りながら声をかける。

「公ちゃん。ただいまッ!」
「うわッ!」
背中に飛びついてぐいっと引っ張るものだから、公ちゃんは心底びっくりしたといわんばかりな短い叫び声を上げていた。すぐに体裁を建て直し、後ろから挨拶をすると私が誰なのかを確認するように首から上だけが背中に回ろうとしていた。
「ああ、か。こんな時間にどうしたんだ?」
すぐに誰か分かってくれたようで目があって私がにんまり笑うと公ちゃんも笑ってくれて「おかえり」といってくれた。

「ガッコは試験だから午前終了だったの」
そこからお昼をたべて帰ったら3時というわけ、と隣に並んで今日の出来事を報告すると、頷きながら相槌を打ちながら笑って聞いてくれる。公ちゃんと私の環境はご近所さんでこんなにも仲良くしているのにぜんぜん違うものだから話をしているといつも新鮮で楽しい気分になってくる。
「しかし通学に片道1時間というのも大変だな」
「慣れるとそうでもないよー」
さすがに10年以上もそんな生活していたら慣れっこだよ、と笑うと「そうなら構わないんだけどな」と公ちゃんが苦笑いしながら返事をしてくれる。

「ねえ、部活動はどんな感じなの?」
三年生になって部が強くなったと珍しく公ちゃんが熱弁を振るっていたので気になって首尾はどうなのかを軽い気持ちで尋ねてみた。
「ああ、今年は物凄く強いんだ。もしかしたらインターハイに出られるかも知れないくらいに」
自然と口元が緩んできているのか、同級生の事、下級生の事。私と同じ一年生で新しく入ってきた人たちの事、私の知らない事を嬉しそうに丁寧に説明しながら話をしてくれるのだ。あの落ち着いている公ちゃんの熱のこもった力強い口調を聞いているとこちらも嬉しくなって自然と私の口元も緩んでくる。
今まで見たこともなかった、私の知らない公ちゃんのその表情を横から眺めると「この人はここまで熱くなれる物を持っているんだ」と、何だか嬉しくなるのだ。

「そうだ、もしインターハイに出られたら、も見にくるかい?」
「見に行けるものだったら行くよ」
インターハイがいつやっていてどのような形式で行うものかをあまり理解していない私でも見に行けるのなら、と言えば「見においで」と軽く言ってくれるので、多分誰でも見れられるものなのだろう。ここまで公ちゃんを熱くするその原因を間近で見られるのなら是が非でも、と私の知らない表情を隣で浮かべる彼の姿を見て強く願った。