清田信長

2008/09/27

幼なじみに贈る5つのお題 より

となりに在る体温

! 用意できたか? 行くぞ!」
朝早くからではあるが一緒に学校に向かうのが俺との高校に入ってからも続けた約束事だった。
玄関のドアを開けて施錠を確認してから「いつもごめんね」と遠慮がちに乗るの腕をしっかりと体に巻き付けさせて自転車のペダルを踏んだ。
軽快に自転車を走らせるのだが、上り坂の中腹に差し掛かるとのろのろとした動きになって最終的には重力に負けない最後の手段を講じる事になる。
ブレーキを踏んでに「悪ィ、上るの失敗した」と言えばは困ったような表情をいつも浮かべて無言になるのだ。

最初の頃は「天才は失敗もある」と笑って誤魔化していれば、もすっかり騙されて笑っていてくれたのだが、何度も同じ事を繰り返しているとが落胆したように塞ぎこむような表情を見せて、口数がどんどん減っていった。そして朝の挨拶が「おはよう」から「ごめんね」と罪悪感から来る様なものに変化していったのだ。

いくらバカだと言われてもの様子に気づかない程のバカではなく、俺もいつしか坂道を自転車で上るのを失敗した日は何も言わなくなっていった。今日こそは出来る、と信じてチャレンジしてもいつも中腹で止まってしまう。
「あのね、信くん…」
その日は珍しく坂道を歩いている時、から声をかけてきた。努めて明るい声で俺は「ん?」と返事をしてもは沈んだ表情を浮かべたままだった。

「…私を乗せて登校するの、迷惑になっちゃうだろうからいいよ」
申し訳なさそうにが言うから思わず自転車を止めての肩を掴んで「突然どうしたんだよ?」と尋ねてもは口を割らなかった。
暫く一緒に歩いて何をどういえばいいのだろうかと俺のバカな頭をフル回転させて考えた。
上手く言葉にすることが結局できずに、ただ一言「俺は好きでを乗せてるからいいんだ」といつもの俺らしく胸を張って言うと、が顔を上げてこちらを見てきた。

「でも、私が乗ったら途中で止まって、結局信くんに迷惑をかけてるじゃない?」
幸家の近くから学校行きのバスだって…と続け様に言おうとするを止めるように俺は話を続けた。
「俺は好きでやってるからはくだらない事をうじうじ考えるなよ。それにが後ろに乗らないと同じくらいのダンベルを積むことになるんだからな」
我ながらいい言い訳を考えたものだと胸を張って言えばきょとんとした表情を浮かべて「そうなの?」とまだ折れずに質問するから畳み掛けるように俺は話を続けた。

「俺は筋トレも兼ねてを乗せてるんだからは俺のために協力してくれるよな?」
は「うん。協力する」と俺の言葉に納得したのか、力強い返事をする。その姿を見て俺は安堵のあまり心の中でほっと溜息を吐いた。
「最初は二人乗りでここまで上れなかったんだぜ。それが今ではここだ。しっかり脚力ついてるだろ?」
自転車を漕ぎながらカハハハと笑ってやれば、も口を押さえながら笑っていた。

坂道も終わって学校までの平坦な一本道に差し掛かったので、「ホラ乗れ」とおどけながら言えば相変わらず遠慮がちではあるが、敬遠するような素振りを見せる事無く「じゃあ、お願いシマス」と静かにが乗るので、きちんと腕をしっかりと体に巻き付けさせてペダルを漕いでいく。

すんなりが引き下がって俺の腰にしがみつく。俺はそれを確認して自転車をこぐ。 すべては自分のためにやっている事。自分のそばにある確かにある体温を確かめるため、たったそれだけのために今日も俺は朝からを自転車に乗せているんだ。