1.確立2分の1
「おはよう」
隣の席の魚住くんに挨拶をする。魚住君はいつもワンテンポずれているのか「あ、ああおはよう」と慌てるようにおはようを言う。
「今日席替えだね」
「…ああ」
思えば隣の席になってから彼には本当に迷惑をかけ続けたような気がしないでもない。
教科書を忘れた、授業中に指されて答えを教えて貰った、消しゴムを半分割って貰った。
いや、本当親切にし尽くして頂いて本当にありがたい。
本音を言えばあまりに隣の席が便利すぎて離れたくは無いけど月イチでの席替えは致し方ない。
「魚住くんには悪いんだけど本当言うとね、席替えするの、乗り気じゃないんだよね」
私の言葉に魚住くんが驚いた表情を浮かべて、「俺もの隣は気楽だから乗り気じゃないかもな」と笑ってくれたのだ。
内面から滲み出る優しさにじんとくる。気遣いの出来る男、魚住純はやっぱり男前だと思う。
「ねえ、魚住くんはどうしてそんなに優しくしてくれるの?」
私の言葉に彼がさっきまで笑ってたのに言葉に詰まった。
彼自身が優しいのか、それともたまたま私が隣の席だからなのか。
確率はふたつにひとつ。
少なくとも私は下心が少しばかりあったんだけど。
それは言わぬが花と心の奥底にそっとしまいこんだ。
2.誤解が2つ
先月席替えで隣になったは気さくでいつも楽しそうに騒いでいるけど礼儀に対しては篤い女子生徒だった。
教科書を忘れたから見せてやれば翌日にマシュマロを持ってきて「昨日の礼だ」と言い、授業中におせっかいだと思いながらも答えを書いたノートを示せば「助かった」と言う。
消しゴムが無くなって半分を切って渡せば翌日持って来たポッキーを半分寄越してくる。
実際に隣になるまで心無い噂を信じる訳ではなかったが先入観と言うものが確かに存在していた。が隣になって三日も経てば彼女が噂とは全く違う人物像であると言う事は嫌でもわかる。
それは誰に対しても見せるの態度らしく、信頼されているらしく交友関係もとにかく広い。故に悪意にも晒されやすく部活に専念するバスケ部にまでに関する噂が流れてくるくらいである。
本当はそんなヤツじゃないんだけどな、と弁解すればきっと心無い噂が流れるんじゃないか、と思い何も言えなかった。
だからは誰にでも親切にするし礼儀にも篤い。それが俺であろうが他のヤツであろうが。 俺と同じような感情を彼女は持ち合わせることがないのだ。
「寂しくなるね」
の言葉に俺は「ああ、そうだな」と一言だけ相槌を打った。彼女の言葉と俺の言葉には乖離がある。
3.「No.2」
ウチのクラスの席替えはいつだって大騒ぎである。とある月は早い者勝ちで好きに。とある月は番号が一番大きい順から好きな場所を指定する。とある月は男女別のくじ引き、先月はあみだ籤で席が決まった。
今月はオーソドックスな籤で席を決めるらしく、黒板にランダムに籤に対応する番号割り振りを書いていた。先生が全て用意する籤を生徒が順番に引きに行く。私の引いた番号は18番で、黒板で場所を確認する。
「誰にも見せんじゃねーぞー。隣にもだぞ。上の時計で10分後に移動するから荷物を纏めろ」
先生がそう言う。高校生にもなった私たちはなぜかこの時ばかりは先生の言う事を反抗せずに守る。
「移動開始」
先生の一言でクラスが慌しく移動を始める。一番最強の窓際後ろから2列目を取った私は上機嫌で荷物を机の上に置いた。荷物を直して前を見て
周りをキョロキョロ見渡して仲の良いクラスメイトはどこに移動したかをチェックする。今回からそのチェックの中に魚住君も含まれるわけで、探す前から眼前に広がる大男。
即効見つけた。そう思ったと当時に前の席の肩をがしっと掴んで「魚住くん。今月もよろしく」と前の席になった彼に挨拶する。
「びっくりした。か…」
突然掴まれて驚いた魚住くんが籤を持ったまま後ろを振り向いた。そこには遠目ではあるが2の文字がしっかりと書かれていた。
今回も近いけど、近い分距離を感じる席に私の心の中に少しだけ複雑さが雑じった。
4.第2ラウンド
は後ろの席かと思っていたら張本人から肩をつかまれたので驚いて後ろを振り返った。
彼女は「今月もよろしく」と屈託無く笑っていた。
「ああ、こっちこそ」
つい素っ気無くなる挨拶にもは笑顔を絶やす事なく普通に接してくる事に安心する。
「あ」
後ろから声が聞こえて来る。
「ねえねえ」
背中を軽く突かれて後ろを振り向く。
「シャーペンの芯ってBに鞍替えしたよね?」
が尋ねてくるので俺は「ああ」と言ってケースごとに渡した。
ほっとした表情ではケースから芯を1本抜き出しながら「ありがとー。家に忘れちゃったみたいで本当助かった」と笑いかけて来た。
「シャーペンの芯は殆どHBだからな」
「そうなのよねー」
俺の言葉にが同調して笑う。
「芯はBの方が使い勝手いいでしょ?」
先月が第一ラウンドだとして、今月はその次。に薦められて同じ物を持ったとしても彼女との距離は変わらないと笑う。それは自嘲も含めた笑い。