花形透

2009/02/07

短編(09年バレンタイン)

looseleaf

彼に対してはいつも意地悪なんだけど今日の私はさらにちょっと意地悪。
分かってるけど、意地悪したくなるんだから仕方ないでしょう?

バレンタインだけど私は当然にチョコレートを用意しない。
当然です。だって私は、だからです。
傲慢不遜な態度に人間の出来たの花形君はいつだって苦笑いを浮かべているだけ。少しくらい叱ってくれてもいいのに彼はそんな事しない。だからいつも腹立ち紛れにどんどん傲慢不遜になっていく。
本当は気づいて欲しいのにきっと気づいてはくれないだろうから贅沢は言いません。10年後20年後にあなたの頭に私が残ってくれるのなら。

「バレンタインと言ったら本来は男性から花束やメッセージカードが贈られる日よ。だから私に何かくれたっていいんじゃない?」
ファンらしき子たちからチョコレートを貰って困ったように笑っている花形君をもっと困らせるように私が詰め寄った。
「困ったな…」
もっと私のために困って欲しいの。悪趣味なのは分かってるけど私の為に困るあなたの顔が見たいのよ。

それで困るのは周りだけど知った事ではない。
「困ってくれなきゃ楽しくないもの」
私がそう言うと花形君は黙り込んだまま自分の席に座ってルーズリーフに何か書きはじめた。大柄で手も大きいのに繊細な動きを見せるその手がとても彼らしいと私は花形君の手をじっと凝視し続けた。

そうしていると、鋭い視線になっていたのか、花形君が困ったように笑いながら
「出来上がったら見せるから後ろ向いてて」
と言うので「分かったわよ」と私は自分の席に戻って読みかけの本を黙って読んでいた。
当然頭に入ることもなく、文字の羅列だけが意味を持たせる事無く頭の中を素通りしていく。

「はい」
終わったのか花形君が机の前にやってきて私に折りたたんだルーズリーフを一枚渡して来た。私は黙ってそれを受け取って開くとB5の紙の真ん中に小さく「さん愛してます」とだけ書かれていた。

自然とそんな事をかける花形君を思うだけでこっちの方が赤面してしまう。そんな事を悟られたくはないから顔を反らして目を合わせない。
それでも何か伝えないと、と混乱する頭を差し置いて脊髄反射のように出てきた言葉を口にする。
「カードには程遠いけど、及第点にしておいてあげる」
私の乱暴な言葉に、それでも花形君は「ありがとう」と言ってくれるのだ。

どうしてくれるの、またあなた事が好きになってしまったじゃない。