hot chocolate
受験期でも、クラスの中はバレンタインと少しだけ浮き足立っている。俺の周りにもその雰囲気がありありと伝わってくる。これでもモテるほうだと自覚はしているし、回りの視線にそういうのも伝わってくる。それなのに誰も近づいてこないのはきっとあれが原因だろうと俺は溜息をついて に「なあ」と話しかけた。
「元不良だったからねえ。話しかけづらいんじゃない?」
一刀両断に切り捨てる
は三年間の間に気の置けない友人になっていた。やっぱりそうなのかよ、と俺が小声で呟くと聞こえていたのか
が「そんなものよ」とまた両断に付した。
俺が一番荒れていた時にもこいつだけは俺に対して普通に接していたように思う。
いや、正確に言えば俺がバスケ人間だった時から変わらない距離だっただけだ。
一年の最初から挨拶だけはする間柄で話したことはない。だからそこ荒れてた時、説教みたいに細かいことを言ってくるか俺を避けるかのどっちかしか居ない中、
だけは相変わらず挨拶だけする関係だった。
だからこそ誰に対しても態度が変わらないと感じたのだろう。
すっかり更生した今では、話していて一番気楽な相手となっていた。
「でもよー。この俺がチョコレートがもらえないとなるとこれは由々しき事態なんだよ。わかるか?」
俺の言葉を真剣に聞いて置きながらも「わからないわー」とケラケラと笑って切り捨ててしまう
の事は嫌いじゃない。寧ろ好きだ。
恐らくは荒れた時からひっそりと感情が入ってきたのだろうと気がついたのはここ数ヶ月での話だ。
「それって個数の問題になるのかしら?」
がにっこり笑って言うものだからおかしくてつい俺も釣られて笑ってしまう。
「個数も問題だな。あいつらに負けたくねぇし」
俺が大きく頷きながら返事をすると
はすぐにあいつらイコールバスケ部と察したらしく「男の沽券とやらも大変なのね」と笑った。
「元MVPの三井センパイとしては由々しき事態なんだよ」
俺の言葉に
は「チョコレートの手持ちはないから協力してあげられそうに無いわ」と笑って「またね」と俺の言葉を無視してカバンを持って立ち上がった。
「ミッチー、チョコレートいくつ貰った?」
部活が終わって花道がしきりに話しかけてくる。赤木妹から貰えただけで十分だと言わんばかりの満面の笑みを浮かべていた。
「ん? 彩子と赤木妹の2個だよ。悪かったな」
「俺は晴子さんからもらえるだけでジューブン。あとフジイさんからも貰ったな。勝った」
「畜生、みっつかよ」
そういいながらも負けた気には不思議とならなかった。
「まあ、三井センパイは前までああだったから渡すに渡せない子も多いのよ」
彩子が花道に説明していると「元不良だからな」と声を大きくして笑っていた。
話をしながら門を出ればそこに
が立っていた。
「お疲れ様」
気軽に声をかけてくる姿に「おー」とだけ返した。皆が
を前にして「誰?」と急に色めき立った。「クラスのヤツだよ」と俺が返事すると好奇の視線を遠慮ナシに
に向けていた。そんな視線をもろともせず
は持っていた紙袋を俺の前に向けて来た。
「はい、もう冷たくなってると思うけどホットチョコレート」
俺は紙袋を受け取って中からぬるくなったホットチョコレートのカップを取り出して「サンキュ」と言ったら
は笑って「本当は一緒に飲みに行けば良かったんだけどね」とさらっと言うと、花道と彩子と宮城が同時に叫んで口々に言いたい事を言い始めた。
「お…おまッ! こんな公衆の面前で!」
あいつらに食って掛かればきっと餌食になるだろうと、照れからくる俺の言葉は
に向けられた。
はそんな周りに気にする事なくバスケ部と同じように一緒に笑っていた。
そして
の口から新たな爆弾が投下されたのだ。
「こんな元不良を三年間ずっと好きだったんだから今更よ」
あふれる嬉しさを隠すように仏頂面を取り繕って俺は
の流れるような綺麗な髪をグシャグシャと掻き回した。