give me!
「おはよ」
朝っぱらから紙袋いっぱいにチョコレートを提げて藤真君はやってくる。
「はよ」
私の前の席に座ろうとしても座れない現状に少しばかり苛々したような表情を浮かべて藤真君が朝の挨拶を返してくる。
「下駄箱にも机にも、凄い量ね」
置きっぱなしの教科書が机の中から取り出され代わりにチョコレートが机の中に詰め込まれている。教室の後ろにあるゴミ箱に捨てられたチョコレートも藤真君あてのものである。バレンタインは戦いらしく、ライバルのチョコレートを蹴落としてでも自分のチョコレートと思った一部の女子生徒の行動の結果である。
「いやはや、戦う女の子はタフなものよね」
私の言葉に藤真君がチョコを片付けて教科書をつめ直しながら「いや、も女だろ」と突っ込みを入れてくる。
私は意に介さず「私もそうなんだだろうけどねぇ」とだけ返事をする。
少なくとも私にはバレンタインに情熱を注げる程のエネルギーは無い。
「なあなあ」
やっとチョコレートと教科書の整理がついたのか椅子に座ってのんびりと藤真君が話しかけて来た。足を投げ出して私の机をテーブル代わりに食堂前の自販機で買ってきたいつものジュースをちびちびと飲んでいる藤真君に「何?」と私は返事する。
「は俺にチョコレートくれないの?」
目かさで判断してもおよそ一年分。甘党の私ですらゆうに三ヶ月分はありそうなチョコレートを目の前にしてまだチョコレートが欲しいと言う。翔陽の女王様には恐れ入る。
「これだけ貰ってて何言ってるの。これだけあれば一年くらいチョコレートに困らないじゃない。これ以上望むのは贅沢ってものよ」
私の返事が気に入らなかったのか藤真君が詰め寄ってくる。
「じゃあ、的にはチョコが貰えなかったらくれるって事か?」
別にそういう訳でもないけども言えば話が長くなると日常からの経験則で判断した私は、「んー、そうかもねー」と適当な相槌を打った。
私の相槌が気に食わなかったのか、藤真君が紙袋を持ってすっと立ち上がってしまった。
クラスの皆が藤真君の一挙一動をじっと見守る中、彼はゴミ箱に向かってチョコレートの紙袋を逆さまにひっくり返した。
「俺さあ、誰からもチョコレート貰えないんだわ。はくれるんだろ?」
いけしゃあしゃあと言い放つ藤真君の言葉に私は開いた口が塞がらなく、しばらく固まった。
ああ、チョコレートが勿体無い(食べ物は大切にしましょう)。