土屋淳

2008/10/18

短編(08年ハロウィン)

ハンドメイドトリーツ

「お前んちまでハロウィンしに行ったるからな!」
覚えてろ! と捨て台詞を残してに逃げ去った。
何その捨て台詞。そして何その脱兎。
私はひとしきり大笑いして、家も知らないのにどうやって、と呟いてまたお腹を抱えて笑った。

経緯はこうだ。土屋くんがトリックオアトリート、とやってきた。
この人の関わると厄介な事になるから「お盆は終了しました。来年のお盆にまたお越しください」と言ってみた。すると「面白みのない子やなあ」と言われたから「家まで仮装してやってくる少年少女には『トリート』と言ってあげてお菓子あげてるからええねん」と返した所、冒頭に戻る。
まあ、来る事もないやろうし、こっちは町内会レベルでハロウィンイベントで忙しくて構う暇なんて持ち合わせてもなく。
これから仮装した子供たちを迎え撃つ準備もあり、早急に家に戻った。

お菓子は大袋で買ってきたものを小分けして玄関に吊るしておく。そうすればいつ仮装した子供たちがやってきても悪戯される事はない。
特にご近所の子供には色をつけるために手作りのお菓子も少しだけ用意している。万全である。ジャックオーランタンのガーランドも吊るしたし、カボチャも彫って玄関に置いた。

「カンペキ」

楽しそうに子供たちが町内を練り歩きイベントを満喫しているのを玄関から眺める。
一緒に仮装して練り歩く年でもないので、カボチャのお菓子と仮装してやってくる子供たちの相手くらいしか出来ないが一年の中でも指折りで楽しい時で、自然と笑みが零れてきた。

ねーちゃん、トリックオアトリート!」
近所の子供たちが仮装してやってきたので、笑いながら「トリックは勘弁やからこれで許したって」とカゴの中にお菓子を放り込む。おまけのお菓子も入れて「これは仮装が上手いからオマケや」と言えば嬉しそうに「ありがとー」と返事があって、子供たちは次の家へと向かっていく。

数グループの子供たちがやってきては、一連の行動を繰り返す。もうそろそろ終わりである午後8時を迎えていた。遠慮のないインターホンの音に「はいはーい」と元気に出れば、開口一番で「 さん、トリックオアトリート」と言う声が聞こえてきた。
そこに立っているのは仮装した(と言うより覆面)人がバールのような物を振りかざしていた(仮装でなく武装)。
声ですぐに分かる。
「帰れ。今すぐ帰れ」
私は玄関のドアを閉めると「ちょ、待ってや。何が悪かったん?」と向こうから大声で叫ぶ声が聞こえて来た。
何もかもがってあの男はわからんのか。

「ハロウィンしに行ったるって言ったん、覚えてたぁ?」
取り敢えず覆面を取って話はそれからや!と言った私の言葉に大人しく従った土屋くんを確認してから、玄関から出て門扉へ向かった。
「あのさあ、それ仮装じゃなく郵便局強盗レベルの武装やで」
呆然としながらも気を持ち直して指摘する私に土屋君はお構いなしなのか、開き直りか分からないが強盗が言いそうなセリフを踏襲するかのように「要求はトリックオアトリートや!」と言い始めた。

「ところでさ、どうして私の家知ってんの?」
さんの家くらい把握してるで。俺を誰やと思ってん?」
君は私の担任か?
「なあ、来たからには、トリックかトリート貰わなあかんねん」
なんだその強制的な態度。
「知らんわ。勝手に来たんは土屋くんやし……。って言うかまさか本当に来るって思わんかったわ」
根負けした私は隠し持った手作りのお菓子袋を土屋くんに渡すと「ありがとさん」と笑ってその場でお菓子を確認し始めた。

「なんやこれ?」
「油不使用のかぼちゃチップス。作ってん」
作ったとは言いがたいが作ったのだから仕方ない。
カボチャをスライスし、クッキングシートを敷いて電子レンジで2分加熱して裏返してさらに2分加熱して塩をまぶしただけのもの。
「まさか手作りのお菓子貰えるとは思ってなかったわ」
土屋くんが私の頭をバシバシ叩いて笑っていた。
「でもな、俺としては」
土屋くんが私の頭をぐいっと押して私の視界は暗くなる。

「トリックのほうでもよかったんやけど」
唇に柔らかいものが触れたと気づいた時には既に遅かった。
「何すんのアホー!」
トリックが嫌だからというためのトリートなのに突然の行動に私は大声を張り上げて非難する。土屋くんは飄々としたまま「ご馳走さん」と手を振って自転車に乗ってどこかへ消えた。私はその姿を見送るように呆然と立ち尽くしたまま。

なあ、私は週明けどんな顔して土屋くんに会えばええの?