藤真健司

2008/10/31

短編(08年ハロウィン)

イタズラに意趣返し

「お、。トリックオアトリート」
高校一年からずっとこの時期になるとアメリカかぶれみたいに藤真が「トリックオアトリート」とやって来る。このときからハロウィンが始まった。

高校一年の時は、「なにそれ?」という話からどんどん話が反れて行き、ハロウィンの何たるかをおよそ1時間に渡ってこんこんと説明された。どうやら、万節祭の前夜祭らしく「要はお盆?」と質問すれば「夢のない奴だなー」とものすごい不服そうな返事を貰った。

高校二年は別クラスになったのにわざわざ私のクラスまでやってきて言うものだからクラスの女子諸君は大騒ぎで、あれこれお菓子を持たされていたので、一緒になって手持ちのお菓子を少しばかり分けてやった。
「言うなら仮装が礼儀なんでしょ?」
去年教えられた知識を指摘すると「時間がないから略式だ」と言い返された。

そして今年、受験生なのにハロウィンかぶれが朝の通学路に姿を現した。
「そんなもの用意してないわよ」
(ああ、ハロウィンなら途中でコンビニでも寄ってお菓子を買わないとならないわね…)
そう思える事自体、数年前の自分の姿からは想像もつかなくて思わず苦笑いを浮かべる。
「だったら、トリックだな」
藤真が不敵に笑って、私にめがけて何かを撒き散らす。

私はそれを反射神経だけでキャッチするとぐにゃりとした感触がした。
投げられてキャッチしたものは、ゴムでできた精巧なまでのクモの人形で私は悲鳴をあげた。
「いやああああああああああああ!」
それはもう腹式呼吸も裸足で逃げ出しそうなまでの大声に出した私も出された藤真もその場に固まってしまう。

私は悲鳴をあげながらそれを力いっぱい投げ飛ばして、肩で息を切った。
「悪ぃ…!」
私の悲鳴に驚いたのか、藤真はバツが悪そうにこちらをちらりと窺いながら謝罪とも取れる言葉をまるで呪文のように呟いていた。

「本当に悪かった…」
さっきから神妙な表情を浮かべて申し訳なさそうに謝る藤真に「気にしてないから」とそっけなく返事をすると、余計に気になったのか、「お詫びにコンビニで何か奢る」と言うので私は黙ってその後ろを着いて行った。その間は一切無言で、藤真の言葉に対しては、目をそらす事なく、沈黙で答える事にしてみた。

そうすると、ますます針のむしろに座ったように申し訳なさそうな、それでいて誤魔化すように「どれにする?」と尋ねて来るので、私は新製品のお菓子を数点取って藤真に押し付けてやる。しめて500円程度。

バイトをしていない高校生から見れば少々痛い出費くらいで勘弁してやるあたり私の優しさがにじみ出ていると思うのだが、相手はそう思わないらしく、恨みがましい目で見てくるので、少しばかり目を伏せれば、罪悪感からか大人しくその菓子を藤真は受け取った。

「本当に悪かったな」
先にコンビニから出た私はぼんやりと空を眺めて待っていた。その後レジを通った藤真が遅れてやってきて袋を私に念押しするように謝りながら押し付けてきたので私は満面の笑みを持ってそれを受け取った。

「ありがとう」
変わり身の早い私に驚いたのか、藤真はぽかんとしたまま数秒その場に立ち尽くしていた。
「あ、蜘蛛はぜんぜん怖くないの。ちょっとした意趣返し?」
さっきまでのあの態度は私なりのイタズラだと説明して笑ってみれば、藤真が地を這うような低い声で「ーーーーーーーーー」と呻いている。

「お互いイタズラしたんだから、おあいこよ」
私は藤真から貰ったお菓子をその場で明けて藤真の口に放り込んだ。
「帰り道では私が何かコンビニで買ってあげる」
そう言って見れば藤真は納得はしていないが溜飲は下がったらしく「…おう」と短い返事だけが返ってきた。

時計を見れば現在午前8時54分、学校は完全に遅刻だけど、まだまだ万節祭の前日。