三井寿

2008/12/06

短編(08年クリスマス)

クリスマスの使者

クリスマスイブの教室はクリスマスイブでもあるから、必然とクラスがクリスマスで浮き足立っていた。私もそんな一人で今日の晩ご飯は何かなーとかクリスマス特番を見ようとか、夜更かしでもしようかな、なんて考えていると、三井が突然に話を振ってきて心臓が跳ねた。
「クリスマスにはやっぱカーネルのチキンだろ?」
そんな事を話しかけてくるから思わず
「あら、モスチキンを舐めてもらったら困るわ?」
と答えたらものすごい渋い顔をして「お前世の中の道理ってものを判ってないなー」と言い出した。

「判ってないのは三井だよねー。カーネルチキンなんてクリスマスイコール、在庫処分よ? 定価で在庫処分に貢献するなんてイヤじゃない」
まことしやかに囁かれている噂は信憑性を帯びているので私はそれの受け売りで語ってやると、三井はさらに表情を渋いものに変えて溜息交じりで私に反論を重ねた。
「お前性格が捻じ曲がってるって言うか、歪んでるなー。世の中の主流はカーネルだ。お前元不良に性格が歪んでるって言われたらおしまいだぞ」
と三井が言ってクラスが笑いに包まれる。

「余計なお世話よ。何が何でもモスチキンよ! この際だから言っておくけど、…少数派で悪かったわね!」
と叫ぶと「ってからかうと本気で歯向かってくるから面白れーなー」と悪びれなく笑ったのだ。
あんな三井の表情を見ていると本当に1学期までの長髪の不良だったのが嘘みたいに思えてくる。一年の時はそうでもなかったらしく、三年になってすっかり更生した三井はいまやクラスのムードメーカーみたいなもので、クラスの皆に「やっぱカーネルんとこのチキンだよなー」と後ろに座っている男子生徒に話しかけていた。

好きだから突っかかりたくなるのよ。と叫びそうになったのを必死で堪えながら、少数派で悪かったわねと突っかかるような事を言ったり、そもそもケンタ派の三井に対してモス派だと言い掛かりめいた事を言う地点で確実に珍獣扱いだろうな、と少しだけ落ち込みたくもなる。

終業式も終わって帰りにモスに寄って夕方6時半でモスチキンの予約をして帰る。家でもケンタのチキンだけど私だけはどうしてもモスチキンが好きだからって2ピースだけ別に買って貰うのが恒例で、夜の食卓ではみんなカーネルを食べている。「どうして皆モスチキンじゃないのかしら」と呟きながら私だけ違うものに齧り付いていた。
この周りの衣だって肉の柔らかさだってこっちのほうがおいしいのに。

そしてクリスマス特番を見ながら切って貰ったクリスマスケーキを持ってリビングでテレビ特番を見ながら食べる。笑っている私のポケットからメール着信音が流れてテレビの音がかき消される。
メールをチェックすれば三井からで、本文には
「クリスマスの使者参上。んちの玄関脇に待機中。至急こられたし。」
とかかれていたから半纏を羽織ったままで玄関ポーチまで出て行った。

「メリークリスマス」
本当に家の玄関脇に三井が居て、驚きながらまじまじ見ていると私の姿を見た三井が「お前半纏ってどこのバーサンだよ」と指差しながらケラケラ笑っていた。
「日本の冬の必需品よ」と言い返せば「って本当面白えなー」と言いながらまた笑い始めた。
「そうだ、明日は暇か?」
突然飛躍する話に私は「あ、うん」と思わず返事してしまった。まあ、夜更かし予定で昼間で寝てる予定だったから暇っちゃあ暇なので問題はないのだけど。

「じゃあ決定だな。明日はモスのチキンとカーネルのチキンの食べ比べに行くから早く寝ろよ」

頭が真っ白になった私をよそに三井は
「両方味わえばいいんじゃね、と思った俺って天才だよな」
と自画自賛を始める始末。私は頭の中を整理しても分からないのはどうして三井がわざわざメールで済ませられるような話をわざわざここまでやってきて始めるのか、だ。
何か言おうにも何をどう言えばと言う私をよそに「11時に迎え行くわ。寝坊すんなよ。暖かくして寝ろよ」と手をヒラヒラさせてすぐに帰って行った。

悔しいけどああやってると本当に格好いいわー、と感嘆。している場合でなく、
「私の意見は無視ー?」
と叫べば
「あー悪ぃけど無視だ、無視!」
と向こうから声が聞こえてくる。
多分三井と食べるチキンはどっちともおいしいとは思えない。
今だって心臓が脈打ちすぎて喉がカラカラでさっきまで食べてたケーキの味ももう分からなくなってる位なんだから。