クリスマス受験生
終業式も終わるとすぐに家に帰る準備、といいたい所だが生憎悲しきかな大学受験。
冬休みは全力で試験勉強という有様で溜息を零した。
「溜息ついてると幸せが逃げるらしいぞ」
いつしか隣に立っていたのか木暮くんが笑って私に言う。
「数ヶ月分の幸せは既にはだしで避難してるから今のうちに付いて置こうと思って」
笑う私に困ったような表情で笑う木暮君はやっぱり眩しかった。
電車がやってきて、私も木暮君もそれに乗り込んだ。車窓から見える景色はどこもクリスマス一色で私の気の重さなんで知らずに色とりどりに輝いていた。
「クリスマスかあ…。クリスマスで楽しい時期なのにどうしてか、受験生なのよね…。昨年までの大騒ぎとは全く違った形のクリスマスにゲンナリとしてるの」
溜息を零す理由を呟くと、木暮くんは困りきった笑顔が張り付いたまま「はは」と笑う。
こういうの、乾いた笑いって言うのかな。
それでも木暮君は優しくて、私のどん底な気持ちをサルベージするように、
「少しくらいならクリスマス、するんだろう?」
と話しかけてくれる。
「そうだね。予備校終わって帰ってケーキ食べて、…また勉強かな?」
今年は好きな洋菓子屋さんのケーキが食べられるのか、と少しだけ気分が浮上する。
「さん、目指す大学が凄いからね。俺には想像もつかない学校だよ」
薬学系、高校に入った地点で決めた進路にブレは無い。この不景気で目指すものは「食いっぱぐれのない国家資格。出来れば医療。訴訟起こされる医者は論外」でこれでも消去法の夢だ。私にとっては自分のやりたいものが明確にあって、推薦で大学を決めるほうがよっぽど凄い事なんだけどな、と思いながら木暮くんの顔をじっと見た。
「私にはこの時期で既に推薦決まってるって言うほうが凄いと思うよ」
笑って褒める私の言葉が恥かしいのは、頬を染めて謙遜と照れを滲ませて「やめてくれよ」と笑う木暮くんは、私から見ればものすごく輝いている人だ。
「いいなあ、合格…」
学校内でも進路が確定する人が次々と出てくる。その間も私は、進路に向かって突き進むのみなのだ。
「あ、そうだ」
思いついたように木暮くんがカバン漁って何か出そうとしている。私は何だろう、と思いながら比較的すいている電車の中で彼の動きをじっと見ていた。車内でもちらりとこちらを見る顔があった。
「推薦が通った時のお守りとシャーペン。ご利益にはあやかっておいてもいいと思うよ」
にこにこと笑いながら手のひらを差し出して青いお守りとプラスティックのシンプルなシャーペンを見せてきた。
「さんの試験の時にで、良かったら使って」
その言葉に私は一瞬言葉を失った。
「…え、いいの?」
何か言わなくちゃいけないと思って出た私の言葉に木暮くんは困ったように笑った。
「受け取って貰わないと困るんだけどな」
ダメかな?と尋ねられて私はぶんぶんと首を振った。
「うっわー。ありがと…。私も、じゃあ…」
私は慌ててカバンをあけてペンケースから男には似合わないであろうベビーピンクのシャーペンを一本とって木暮君に押し付けた。
「ご利益もないし、あまり好きじゃない色のシャーペンかも知れないけど」
私の差し出す手に乗せられたシャーペンを手にとって木暮君が「いいの?」と尋ねてきた。
私はコクコクと首を縦に振るだけで精一杯だった。
「ありがとう。大事にするよ」
丁寧にお礼を言ってくれる木暮君の声と停車を告げるアナウンスの声が重なった。
「じゃ、私予備校あるから!」
そのまま脱兎の如く電車から飛び降りた。すぐに電車は発車して木暮君を乗せた電車は遠くへ行ってしまった。
私がしっかりと握り締めた手には貰ったシャーペンとお守りと、さっき木暮くんが偶然に触れた指先の感覚とぬくもりがあって私は緩む頬を思い切って抓ってみた。
「痛ッ!」
夢じゃない。私は木暮くんから譲ってもらえたご利益のあるお守りとシャーペンをカバンの中に大事にしまい込んで「ああああ〜…」と叫んでその場にしゃがみこんだのだった。