「愛想が尽きた」
松平の旦那が「何せ家の大事なお嬢様だからくれぐれも失礼のないようにしてくれ」と言う事から始まった。
「頭を使う作業には甘いものですよね。三時の頃合になるとどうしても食べたくなるんですよね」
これは圧力だ、と不本意ながら俺は毎回毎回八つ時用の甘いモンを用意する羽目になる。
最初に用意したのはコンビニで売っている板チョコひとつ。放り投げて「食え」と言ったら無言で俺の顔をじっと見て何も言わないで溜息を吐いた。視線を合わせなかったがの目には明らかに侮蔑の光が宿っていた。
そして次の日からは自分の分のおやつを嫌味のように自前で用意しやがった。
三時のおやつを用意しなくちゃ、と言うのワガママっぷりにいつしか先回りして用意を始めていた。
そんな部下に干菓子を出して「食え」と言うと、その日に限って機嫌が悪いのかがじとっとした目で俺を睨んで来た。昨日までは「副長にしては気の利いたものを」と減らず口を叩きながらも嬉しそうに食べていたのに今日になって「こんな甘いもの食べたくありません」と言い出した。
なんだその変わりようは!
同じものは三日と食べたくないというのかこのワガママ女!
拳を握り締めて震える俺をよそにはギロリと俺を見据えて
「副長、私を見て何かいう事はございません?」
と言い出した。
「言いたい事ははっきりと言え」
傍若無人なの態度にカチンと来ている俺はこいつの上司である。ここまで世話してやって居る事に感謝される事はあっても罵倒される筋合いは一切無い。
「本当、副長には愛想が尽きるというものです」
「チョット待てえええ! それは俺がお前に言う科白だろうがああ!」
俺の叫びにも似た反論も意に介さず、は溜息を吐きながら静かに続けた。
「女心も分からないなんて、本ッ当、愛想が尽きると言うものです!」
文句を言いながらもは干菓子をひとつだけカリっと噛んで今もなお俺を睨んだままである。
「この際だから言いたい事はきちんと言え」
幼子を諭すようにの頭を撫でて尋ねれば不本意そうにが眉を顰めながらおずおずと口を開く。
「副長が毎回毎回お菓子を用意するから、随分と贅肉がついたのですが、どうしてくださるんですか?」
思えば随分と小さな事で悩むもんだ、と俺は溜息を零した。それが気に入らなかったのかが詰め寄ってきた。
「副長は絶対判ってません!」
「間食を止めればいいだけの話だろ?」
するとまたは「ほら判ってないじゃないですか!」とそっぽを向く。
「何がだ」と言う俺の問いかけには漸く理由を口にした。
「副長が折角用意してくれたものを食べないなんて、出来るわけないじゃないですか」
後ろを向きながら早口で言うの姿を見れば耳が紅潮しきっていた。
残せないから食べる、重たくなるのが気になるのを他所に俺がまた用意する。だから愛想が尽きた、と言う事か。
子供のような癇癪を起こして引っ込みがつかなくなったように膨れ面を浮かべている。本当に困り果てているのは恐らくこいつ自身なんだろうな、と思うとつい笑いがこみ上げてくる。
俯いて頬を膨らませて無理やりに意地を張り続けている姿に苦笑いする他なかった。
本音を隠すように俺は溜息交じりで「のワガママにも本当に困ったものだな」と聞こえるように呟くと、「ええ、副長なんて困り果てればいいんです」と笑ったが俺の視界に飛び込んで来た。