これではまさに世話係
「
。21歳。軍人貴族ントコのお嬢様、か…」
れっきとした筋金入りの正真正銘の“オジョウサマ”だ。
総悟とはまた違った意味で取り扱いに困り果てて俺は頭を抱えるのだった。
あいつがきてからと言うもの毎日毎日頭を抱えているような気がする。
総悟より3つ程年上の、俺から見れば何歳も下になるこの女は、本来なら顔を見る事も出来なかった存在でもあった。
ひょんなことから真選組にやってきて、荒事中心な隊員どもの後方支援を一手に引き受けるそれは有能な部下である。が生来備え持っているお嬢様気質は抜けるものではなく、仕事以外の雑用は事もあろうか同室で仕事をする上司である俺に向けられる。
今日もまた、の無理難題が降りかかる。いい加減にしろ口煩く言っても続いているのは、どうやらコイツが聞く耳を持ってはいないらしいからである。
「副長。お腹が空きました」
こいつはほんの2時間前の午前10時前にもそんな事を言い出し、事もあろうに上官である俺にホットケーキを用意させた。嫌がらせのように大量に作ってやったものを全てぺろりと平らげて「私の常識ではおやつには飲み物もあるはずなんですが、どうやらここでは常識ではないようですね」とのたまった。
多分“”でなければ刃毀れなど気にする事なく叩き斬っている。
それでも出来ないのはこの我が侭な部下を斬った地点で軍人貴族殿の令嬢に刀を向けたということで一大事になるのは目に見えた話で、こっちが重罪人扱いを受ける話である。
それ以外では事務処理係としてはかなり有能な部類のコイツを斬ればその仕事は一手にこちらに降り注ぐ。斬る事が出来ないというのも一理ある。
もうひとつ斬る気になれないような些細なつかえがあるような気がするが恐らく気のせいだろう。
「万事屋さんから聞いたのですが、船場屋のお蕎麦がおいしいらしいですね。私の薄給ではとても食べられそうにもありません」
10時に用意させたホットケーキの時にはような傍若無人を振りかざしたのにそれを忘れているかのように、昼前には項垂れながら俺の方をちらりと伺うように視線を寄越してが続けた。
「そこそこ仕事をこなして、後始末にも文句を言わない、可愛げのある部下にご馳走してくれそうな気前の良い上司って、いかにも人格者って感じじゃないですか。少なくとも私はそういった人物の下で働いていると実感くらいはしたいものです」
しゅんとしながら神妙な面持ちにも関わらずどこか傲慢な態度が見え隠れするのは気のせいではない。
が奢ってと一声掛けるのであれば恐らくは誰もが奢るだろう。ネコを被られるのはかなり腹立たしいが、間違いなくこいつはそういう空気を持ち合わせているように思う。
それでもは他の隊員には何ら不満を言う事はなかった。背筋を伸ばし淡々と仕事をこなし、笑顔で事務処理屋として膨大な書類をこなしている。
俺たちのようなウマの骨とは一線を隔てる家と言う血筋も言わずもがな、彼女自身がいつも凛と澄まし取り付くきっかけも与えない。
まるで高嶺の花のような存在に遠巻きに見るものが殆どの屯所内で、少なくともこの女の本性というものはどうやら俺だけが知っているようだった。
コイツは凛としたお嬢様なんかじゃねえ。気分屋なとんだワガママお嬢様だって事を。過去にそれを全員の前で指摘しようとしたら気づかれて隠し持つナイフが数本飛んで来た。
「あー、分かったよ。奢ればいいんだろうが!」
今日も振り回される。イライラするけど、他のヤツのとこに行くと考えるだけでもっとイライラする。
自分の髪をグシャグシャに掻き毟ってぶっきらぼうに言う俺を見ては嬉しそうに笑う。
「副長でしたら、たまには私のワガママっぷりを叱ってくれても宜しいのに」
「だったら早くそれを言え。“貴族サマ”のご令嬢だからって穏便にしようとしていた俺が途方もないバカじゃねえか」
俺の言葉にが屈託の無い笑みを手向けてくる。
跳ねる心臓の音を無視して散々振り回される星の元に生まれて来た事をたっぷり呪う事にした。
「じゃ、お昼は楽しみにしていますわね、世話係サマ」
と勝気に、それでも品良く笑うの表情はどこから見ても憎たらしいまでにカンペキなお嬢様のそれであった。