偽装彼女2
に頼んだには理由がある。
まずあの女は軽く見えて口は堅い。人の秘密も知りたがらない。そして部下であるから、お互いの悪いところも見えているから偽装するに都合が良い。
あとは個人的感情でアイツの顔が浮かんだからだ。悪ィか。
「偽装するからには徹底しておかないと、ばれたときは厄介ですからね」
溜息をつきながら俺の目の前に結婚情報誌を広げてはぼんやりと眺めていた。目の下に少しだけクマを作っていた。生来の生真面目な性格が災いしているらしく、ここ数日間は関連書籍を読み耽っていたらしい。ざっくり情報を集めていると言わんばかりの態度で、雑誌を斜め読みをしているの筈のがたまにぴたりと止まる事がある。
「副長。これおいしそうじゃないですか」
ホテルの料理のページ、デザート、ケーキ類のページ。あとは予算など金銭面とスケジュールのページでもやや止まっては確認しながら「コスト面で問題がある」やら「これとこれは並行すれば時間のロスが防がれる」とだんだん仕事視点で俯瞰しているようで時折「このスケジュール進行だと手際悪いでしょう」だの雑誌に文句を垂れながらページを捲っていた。
俺も俺でそんなをただぼんやりと眺めていた。舶来品マニアのはコーヒーを片手にあの重たい雑誌を読みきったようで溜息をついて首を鳴らした。
「もう読んだのか」
「ざっくりとは読みましたよ。こういう知識がないといざ突っ込まれた時困りますからね。副長は良いですよね。全部任せてるとだけ言っておけば万事解決でしょうし」
カップに残ったコーヒーを飲み干したは「日ごろは女性って事で色々とおいしい思いをしているのですがこんな時女性として産まれて来た事は後悔しますね」と呟きながら雑誌をぽんと投げて椅子から立ち上がった。雑誌はガンと鈍い音を立ててソファの上にのめり込んでいる。
「この情報誌で人が殺せうだなオイ…」
「この号は合計で2キロあるそうですよ。ちょっとした凶器ですから婚約者殺害の事件があればまず押収すべきものしょうね」
色気もクソもない他愛ない会話をしながら俺たちは笑う。
「ねえ、偽装彼氏サン。私おなかすいちゃったな」
が俺の顔を覗きこんで笑う。無邪気な笑顔はそこには無く、この機会は最大限利用しなくっちゃ、と言わんばかりのドS全開な笑顔だった。どこぞのサディスティック星の王子とヒケを取らないまでの満面の黒い笑顔に、もしかして人選間違えたのではないだろうかと少しばかり後悔が押し寄せてくる。
時計を見れば昼も少し過ぎた午後1時30分。できるだけ規則正しい食事の時間を心がけるにはちょっと時間が空きすぎたか、表情にだんだん苛々が募りだしてきている。
「そうだな、ラーメンでも食べに行くか」
「そうですね。まだランチタイムですしね。これから暫く余計なエネルギー使うからしっかり食事を頂いておきませんとね」
食にありつけると分かりの表情が一気に破顔する。その表情は華やかさを伴った爽やかさを持っていた。その表情を引き出すものが「食べ物」であると言う一点がその表情もすべて台無しにしていると思うのだが、こいつがそれに気づくことは恐らく一生ないだろう。
「いやあ、ごちそうさまでしたー」
至福至福と一人ごちながらは俺の隣をゆっくりしたペースで歩く。こいつの胃袋の恐ろしさを改めて知ることになった。一言で言えばバケモノの胃袋だ。
チャーシュー麺ランチ。半チャン(半分サイズのチャーハン)も平らげ、餃子も食ってた。しかも替え玉を頼み、野菜炒めも注文させて半分は食べていた。の食べっぷりは、見ていて気持ちの良いものであったがずっと見ているとこちらの胃がもたれてくる。
「あのね副長」
横を歩くが上目遣いでこちらのほうを窺いながら話かける。
「んあ?何だ?」
タバコに火をつけながら俺は意図的にのほうを流し見て返事をする。
「正直あのマヨネーズの量でラーメンを食べる姿、こっちの胃がもたれるんですよね」
自販機前で食後のコーヒーを要求しながら、あれだけはドン引きだからやめて欲しいんですよねーと言い切りやがる。自分の事は棚に上げてこの女はいけしゃあいしゃあと他人の嗜好にケチまでつけるってどんな“婚約者”だよ、畜生め。
「てめェのその食べっぷりのほうを見るほうがもたれるだろうが」
「マヨネーズのほうが他人に対して感覚的に胃もたれさせると思われますが・・・あ」
突然思い出したようにが声を上げて黙り込む。
「どうした?」
その場で固まったの眼前で手を振ったりしてみても硬直したままのがゆっくり口を開く。
「レバニラ炒め食べ忘れましたわ。あの店の目玉なのに…」
この言葉で食べたものが危うくリバースされるところになった。