ビールで乾杯乾杯返盃乾杯!
「さ、仕事終わりー! じゃ、帰るわよ」
最近の趣味は、居酒屋で自然とつるむようになったメンツで楽しいお酒を飲むことである。
根っからの酒好きな私は会社では少数派で誰もつきあってくれるわけでない。
「飲みすぎないでくださいねー」
向こうから声が聞こえるのも私は気にせず会社を飛び出していきつけの居酒屋目指して走っていく。
「お、女史が一番乗りかィ」
五時過ぎ頃から店を開く大将は私がついたころに暖簾を出していた。
「あら、皆まだなのね。じゃ、待ってる間にビールでも飲んでよっと。大将、瓶でいいわ」
「おいきた。突き出し一つサービスしておくよ」
「ホント。ありがとー」
ビールと突き出しの煮物でのんびりやりながらやってくるメンツをのんびり待っている。
「らっしゃーい。お、旦那ですやね。女史はもう飲んでますぜ」
「うわ、すでに始めてやがる…」
目つきの悪いマヨネーズ男がやってきた。
「あら、随分遅かったのね。始末書でも書いてた?」
「るせー。んなもん書くか。てめぇじゃあるまいし。風邪だよ、風邪」
「あら奇遇ね、私も書かせたことはあっても書いた事は無いわ。大将、コップひとつと瓶ひとつお願いー」
あいよーとカウンターから声が聞こえてくる。
「じゃ、乾杯」
「また、余裕があったら酒を呑める事にか?」
「じゃあ、今日は余裕が無くても酒を呑む事に乾杯」
「…おう、お疲れサン」
マヨネーズ男は乗り気でなくてもビールを一気に飲み干した。
「風邪でも関係なく飲ませるのかよ」
呑んでから言うセリフじゃないわね、と言えばそりゃそうだ、と小気味良く返答がやってくる。
「うわ、もうやっているのか…」
道場の剣術師範という男が中二日あけてやってきた。
「これは東城の旦那。三日ぶりですかね?」
「ああ、ちょっと肝休めをしていて」
「肝臓なんて忘れてしまいなさい。一日二日空けたってどの道同じよ」
私の言葉に苦笑いを浮かべながらこちらの席にやって来る。
「ああ、あの状態ですからねぇ。瓶とコップ。もう好きにやってください」
大将の言葉に今日は一晩中飲み明かそうか、と言うと酒に弱くても呑むマヨネーズ男が「おう」と言いながら手酌でビールを注いでいた。
「大将。今日のオススメは何ですか?」
ちびちび酒を呑んでいる師範が注文を始める。
「今日のオススメはしめ鯖だな。新鮮なヤツが入ったんだ」
その言葉に「ではそれと…」と師範が言ってから私が追随する。
「いつもの」
「あいよ。今揚げてるよ」
大将が苦笑いして、しめ鯖とオニオンリングフライ、それと新しいマヨネーズを持ってテーブルにやってきた。
「やっぱりもう始めてるのね」
食べ物がテーブルに運ばれたと同時に自称ドMの愚痴っぽい女がやって来た。
「猿飛女史らっしゃい。もうとっくに始めてますぜ」
「あれ、銀さん来てないの…?」
心底残念そうに呟いて席に座る。大将がすぐに瓶ビールとコップを持ってくる。
「ま、そのうち来るでしょ。昨日は来てたわよ」
私の言葉に「えええ、私の銀さん盗らないで!」と食って掛かってくる。
まだ呑んでないからそばから酔っ払ってるのか、私はビールを注いで「飲め」と言うと、不満そうな顔をしながらもそれを一気に飲み干した。
「私の事どう思ってるの。銀さんのためならどんなMにでもなるのに…!」
すきっ腹だったのか、すでに酔い始めている自称ドMが騒ぎ始める。
「ま、このノリで朝日が出るまで呑みましょっか」
酒さえあれば完全無敵といわんばかりの態度に出てみれば、笑いながら流す師範と、突っ込みながらもしっかり呑んでる風邪っぴきマヨネーズがそれに追随する。
「おや、土方サンも来てたんですかィ」
「テメェ夜勤だろ。なんでここに居るんだよー!」
マヨネーズをかけしめ鯖にありつく前にやってきたドS王子にマヨネーズが食って掛かる。
「お前らが雁首そろえて酒呑んでるのに仕事なんて出来ると思ってんですかィ?」
「至極まともな意見ね。ま、座りなさい」
まともな判断すら出来ない、しない。完全無欠の酔いどれ集団と化している私たちも周りも囃し立てると、ドS王子は瓶で酒を呑み始めた。
「いい呑みっぷりだなオイ…」
「あら、もう始めてるの。そこで銀さんにあったから連れてきたわよ」
「銀さんー!」
お妙と名乗る妙齢の女の人が引っ張ってきた天パ男に自称ドMが騒ぎ始める。
「おや旦那もですかィ」
「あら、今日は出席率イイのね」
私の言葉に師範が感づいたのか、大将にすかさず注文を入れる。
「儀式するらしいのでピッチャーふたつお願いします」
まだ足りない気もするけど、この時間だったらあとは適当に入れ替わり立ち代りだろう。すぐにいつものピッチャー2つが運ばれてくる。
浴びるように呑むお酒の開始ゴングが鳴り響く。
「じゃ、乾杯といきやしょうかねィ」
ドS王子の言葉にみんなで乾杯とグラスを打ち付ける。
あとは呑んで騒いで食べて騒いで呑むの繰り返し。
「王子、乾杯よ、乾杯」
「お、呑みますねィ。返盃ですぜィ」
「オッケー。もう一回。つぎはそこの天パとマヨで」
「もう呑めねえ…」
風邪でダウン寸前のマヨの口に無理に割り箸を突っ込むと急に立ち上がってトイレに駆け込んだ。
「あれだったら多分あとピッチャー半分は行けるでしょう」
顔にでないまでも発言がすでにおかしくなっている師範が的確な指摘をする。
「じゃ、私は東城さんと乾杯でもしようかしら」
お妙さんと師範が乾杯しながら一気飲みの競争を始めてしまった。
「絶対明日も二日酔いだ…」
天パの言葉を遮るように「銀さん。もう気にしないで。気にならないわ。これも試練よ」と自称ドMがしなだれかかっていた。
こいつらも二人ワンセットでピッチャー1つはイケそうだと私はピッチャーを追加で注文する。
いつまでも続く乾杯に大将から「そろそろラストオーダーですぜ」と声がかかる。最後に瓶で4本頼んで乾杯して閉店とともに店を後にする。
酔って意味が分からない私たちは懲りずに「ツケで」と元気に返事して店を後にする。
「次はどうするー?」
さすが水商売にも慣れているお妙さんが取り仕切って話をまとめ出した。
「行くでしょ。お登勢さんとこ? 終われば銀さんとこで呑みなおせるし。アンタも行くでしょ?」
エサをちらつかせて何人か引っ張る。
「俺は今日はもう無理…」
風邪でぶったおれそうなマヨネーズがげんなりした表情で倒れこんだ。
「じゃ、このマヨネーズを連れて帰りまサァ。」
ドS王子がマヨネーズの足を持って引っ張って消えていった。ありゃ明日の朝背中が痛いだろうなーと思いながらその姿を見送った。
「私もそろそろ失礼しますねぇ」
完全に出来上がった師範が可愛らしい挨拶と勇み足の千鳥足で帰っていく。きっといつものようにどこかの道端で眠って警察に保護されるんだろうな、とそれでもまあいいか、とその姿を見送ってから、残った女三人で意気揚々と、後ろから天パがげんなりとしてついて歩く。
さあ、おいしいお酒を呑みに行こう。明日の仕事なんて気にしない。気にならない。
まだまだ行ける、まだまだ呑める。
名前もろくに知らない人たちと今日も呑んで食べて大騒ぎ。